「丸ごとアイスバイン」の恐ろしさ
どういうわけか、急にドイツ料理の「アイスバイン」を思い出してしまった。アイスクリームの一種ではない。初めて食うまでは「ドイツの豚足と思えばいい」と聞いていた。
ところが、実際フランクフルトの下町の酒場で食べた本場のアイスバインは、日本の「豚足」とは似て非なるものだった。
初めてドイツに出張したのは、1981年の 5月のことだった。織物の国際見本市「インターストッフ」の取材を終えて、同行した日本人 3人で、ビアホールに繰り出した。日本を代表するテキスタイル・デザイナーである Y氏が「アイスバインというものを食べてみよう」と言い出した。それはいい、ぜひ食べましょうと、意見が一致した。
ビアホールの中で太い腕に何杯ものジョッキを抱えて忙しそうに立ち働くオバチャンを呼び、「トライ・アイスバインズ」と頼んだ。「トライ」 とはドイツ語で「スリー」の意味である。つまり、「アイスバインを三つくれ」と言ったつもりである。(ちなみに、私はドイツ語では 3より大きい数は言えない)
すると、オバチャンは我々にドイツ語でなにやらまくし立てる。どうやら「あんたら、アイスバインて何だか知ってるのか?」と言っているようだ。我々は「ヤーヤー」と答える。知らないで注文なんかするものか。知ってるとも。ドイツの豚足だろう。
英語で "pig's leg" というと何となく通じたらしく、うなずきながら自分のぶっとい太ももを「これよ、これ!」と言う感じで、パンパンと叩いて見せる。うんうん、そうそう、脚ね、脚。わかってるよ。
しばらくして出てきた料理をみて、我々はひっくり返るほど驚いた。日本の豚足といった可愛らしいものではない。まさに「豚の脚」である。
そう、「豚の脚」でありすぎる。あのオバチャンが、自分の見事な太ももをパンパン叩いて見せた意味が初めてわかった。本当にあのオバチャンの太ももぐらいある、大層立派な「豚の脚」が、どーんと 3本出てきたのだ。
妙な言い方だが、豚の脚の尾頭付きだ。それを 1人 1本である。
他の 2人は半分も食べられなかったが、私は出されたものはプライドに欠けても全部食べる主義である。必死に食べた。その上にビールのジョッキをぐいぐい空けると、腹がはち切れそうになったが。さすがに 20歳代だった。きっちり食った。
ワイルドな塩味で、不味くはなかったが、途中から味なんかどうでもよくなった。
あれ以来トラウマになってしまって、ドイツに行ってもアイスバインを注文しようという気になれない。日本のドイツ料理店で出されるアイスバインなんて、いわば切り身をちょっとだけ小分けしたようなものだ。本場の「丸ごとアイスバイン」を知る者としては、ちゃんちゃらおかしいのである。
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