今日的煙草の美学
日本医師会の調査で、日本の男性医師の喫煙率は 21%で、英米の 3~5%に比べて高率であることがわかったという。
この数字は、とても多くのことを示唆している。まず、日本の一般成人男性の喫煙率が 約 47%なので、医師はその半分以下である。これをどうみるか。
同じ数字をみても、視点によって、まったく逆の結論を導き出せる。医師はさすがに煙草の健康に対する害を熟知しているので、喫煙率が一般成人男子の半分以下にとどまっていると、肯定的に捉えるべきか。あるいは、煙草の害を知り尽くしている医師にして、まだ 20%以上が煙草を止められないでいると、否定的にみるべきか。
さらに、国際比較の視点もある。米国の一般成人男子の喫煙率が約 20%であるのに対し、男性医師は 3~5%と、4~7分の 1である。一方、日本ではそれぞれ 46%、21%と、約 2分の 1弱である。これは、日本の男性医師の嫌煙意識の相対的な低さを物語る。
日本の医師が意固地なのか、あるいは意志が弱くて禁煙に踏み切れないのか。いずれにしても、私は個人的には煙草を吸う医師にはかかりたくないと思う。
さらに、興味ある推論は、煙草の健康被害をいくら知っても、完全な禁煙には結びつかないということである。私は、煙草のパッケージにいくら健康に関する警告表示をしたところで、禁煙には大した効果はないと思っている。医師にしてからが、この程度なのだから。
健康のために煙草を止めるなどというのは、よほど身体を悪くして切羽詰まってからというのが多い。しかし、誤解を恐れずに言えば、私は健康が急激に悪化してドクターストップがかかり、初めて煙草を止めたという人を、むしろ内心軽蔑する者である。
それまで開き直って煙草を吸い続けていたくせに、自分の命が危ないとなって手の平返しに禁煙するとは、あまりにもエゴイスティックである。往生際が悪い。
それほど煙草が好きなら、死ぬまで吸い続けるのが、男の美学というものだろうと言いたくなる。その美学を貫き通せない者は、自分の命にはそれほど執着しながら、それまでは、平気で他人の命に害を与えていたことを、心の底から恥じるべきである。
煙草を止めるのは、結局は「自分の健康のため」ではなく、「周囲に害を与えないため」が先に立たなければならない。健康意識と言うよりは、倫理意識である。それが今日的な煙草の美学である。
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