一人勝ちなんかしなくても
マーケティングのセミナーで、ある特定のセグメントでトップになることの重要性を強調するときによく引き合いに出されるのが、「日本で 2番目に高い山を知っているか」 という話である。
正解は南アルプスの北岳。標高は 3192m である。
ところが、講師がセミナー参加者に 「日本で 2番目に高い山を知っている人は挙手してみてください」 というと、大抵 1割以下の人しか知らないのである。それで、「ほらね、日本一の富士山は誰でも知ってるけど、2番目になると途端に認知度が低くなる。トップになることは、それほど重要なんです」という話に持って行かれる。
要するに「一人勝ち」することが重要だというお話になってしまうのである。
しかしこのたとえ話も、結婚式披露宴スピーチの「三つの袋」並みにステロタイプになってきたので、ちょっと突っ込んでおく必要があるだろう。
富士山の標高は 3776メートルだが、日本の山の標高ベスト 10は、富士山を別としてすべて 3100m 台。ドングリの背比べである。しかも、富士山以外は北アルプスか南アルプスの稜線に連なっており、独立峰ではない。だから、もし富士山より多少高かったとしても、目立たないのである。
ありていに言えば、ベスト 20 に入るような標高 3000m 級の山で、登山好きなら別だが、普通の人がよく知っている山なんて、ほとんどない。だから、この話は例としてふさわしくないような気がするのだ。
山として有名なのは、むしろ全国各地で「○○富士」として親しまれている独立峰である。静岡県富士市のサイトには、「ふるさとの富士山大集合」というページがあり、それによると全国には 316 の 「富士山」 があるらしい。
北海道、東北の主なところだけでも、蝦夷富士 = 羊蹄山、津軽富士 = 岩木山、出羽富士 = 鳥海山、会津富士 = 磐梯山 などがある。
こうした山々は、北アルプスや南アルプスの 3000m峰よりずっと有名である。北岳を知らなくても、岩木山や磐梯山を知る人はいくらでもいる。これらは、標高でいえば 2000m にも満たないのだが。
要するに、標高でマーケティングの話をするのは、ちょっと無理があると思うのだ。標高なんか大して高くなくても、山というのは姿形が綺麗で地元に密着していさえすれば、かなりのブランド力をもってしまうのである。
だったら、マーケティングでも同じである。別に売上高なんかでトップにならなくても、ずっと小規模でもきちんと生き延びる方策はあるはずなのだ。
逆に、下手に「一人勝ち」なんかしてしまうと、市場規模自体が小さくなってしまう。ジャイアンツ一人勝ちで進めてきたプロ野球がその好例だ。一人勝ち市場というのは、ピークを過ぎると縮小に歯止めをかけるのが難しい。
全国のローカルな「富士山」が本家本元のコバンザメのごとくご威光にあやかっているのではなく、逆に、本家本元は、あまたのローカル富士の裾野に支えられてこそ、あれだけのブランド力なのである。裾野を潰してしまったら、山は崩れるのだ。
低迷する市場のトップより、堅実な市場の中堅の方がずっとリッチだったりする。
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コメント
その富士市HPの『ふるさとの富士山』へ行ってきました。
北海道だけで、15の“○○富士”があるんですね。
その15番目に、正式名称:駒ケ岳というのがありました。この駒ケ岳も、あっちゃこっちゃにお見受けするような気がします。(富士山ほどではありませんが…)
北海道の16番目に、『千代の富士』って、入れてもらえませんかねぇ。
投稿: 乙痴庵 | 2009年7月24日 09:11
乙痴庵 さん:
>その15番目に、正式名称:駒ケ岳というのがありました。この駒ケ岳も、あっちゃこっちゃにお見受けするような気がします。
木曽駒、甲斐駒が、一番有名でしょうかね。
>北海道の16番目に、『千代の富士』って、入れてもらえませんかねぇ。
うちの田舎には 「栄光富士」 という地酒があります (^o^)
投稿: tak | 2009年7月24日 15:30