「建前論」の復権を
「本音」と「建前」ということで、「建前」は表面上で「そうあるべき」とされているだけで、結局は「本音」の方が強いのだと思われているが、実際はそうとは限らない。
「本音」では誰もまともに信じない「六曜」という「建前」が、セレモニーの場で俄然強くなることは、昨日の当欄で述べた。
「戦争反対」は、何も建前論というわけではない。誰しもの「本音」である。誰も「本音」では戦争なんてしたくないのだ。にも関わらず、有史以来、世の中から戦争がなくなった例しがない。それは、「本音」よりも強いものがあるからだ。
「本音」より強いものとは、人間の「業(ごう)」である。心から避けて通りたいと思うことのど真ん中に躍り込んでしまうのは、「業」のなせるわざである。それほど人間の業とは、強いものである。
古来、「業」というものがいかに扱いづらいかを、人間は知っていたから、「本音」で打ち負かそうとはせずに、「建前」で 「ささやかな抵抗」をしようとしてきたのである。
「自衛のための軍隊」という「建前」もその一つである。人間の世の中は、「平和」というきれい事だけで済ませるのは困難極まりないことで、下手するとすぐに「戦争」に突入してしまうから、「自衛」という建前上の歯止めをかけておかざるを得ないのである。
「平和」という本音を口先だけで唱えるより、建前に立脚した「自衛論」の方が、戦争拡大を防止する実効性ははるかに高い。
ありとあらゆる「建前論」は、「本音」という視点では馬鹿馬鹿しいことだが、「業」という視点から見ると、なかなか味のある「人間の知恵」であることが多い。そうそう馬鹿にしたものではないのである。
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