「すべからく」という単語のリスク
私の仕事のうちには、金をもらって原稿を書くということも含まれるので、一応は「文章のプロ」の端くれである。自分のサイトだけは、いくら書いても金にならないが。
その「文章のプロ」でも、リスキーすぎて使いたくない単語がある。最もアブナイのが「すべからく」という単語だ。
「すべからく」は、その世界では危険単語リストの筆頭に挙げられてもいいほどに知れ渡っている。それでも誤用が後を絶たない。
どのように誤用されるのかというと、「全て」とか「総じて」とか「概して」とかいう言葉の、ちょっと洒落た高級な言い回しという誤解のもとに使用されてしまうというケースが、圧倒的に多い。
某政治家が、「約束したことはすべからく果たした」と大見得を切ったことがあったらしい。これなどは「約束したことは全て果たした」と素直に言えばいいのに、ついちょっと気取ってみたいという誘惑に負けてしまった結果である。
私なんぞはまだなんてことはないのだが、一応名の通った著述家がこうした誤用をしでかすと、評論家の呉智英さんに嘲笑われることになる。
それでは、「すべからく」の正しい意味は何なのかというと、その説明はちょっと手間がかかる。面倒なので、詳しくは、こちらのページをご覧いただきたい。
手短に言えば、「すべからく」は、「(当然にも)するべきであるように」 といった意味の、漢文読み下し的な常套句なのだ。そのため、「すべからく」で始まった文は、「~すべし」の係り受けの形で終わらなければならない。
上で紹介したページにも文例として挙げられているが、「政治家はすべからく襟を正すべし」などというのが、正しい使い方なのである。念のため断っておくが、これは「政治家は全員襟を正すべし」という意味ではなく、「政治家は当然すべきこととして襟を正すべし」という意味である。
これ一つで十分におわかりいただけたと思うが、「すべからく」を正しく使おうとすると、あまり当たり前すぎて、面白くも何ともない文になってしまう場合が多いのだ。
これはまあ、「すべからく」という言葉の成り立ち故の宿命みたいなものだから、しょうがない。元々、面白くもなんともない言葉なのだ。そこに私の好きな「一ひねり」なんか加えてしまうと、「すべからく」の要件を満たさなくなってしまうリスクたっぷりなのである。
そんなところから考えると、「すべからく」を「全て」とか「総じて」とか「概して」とかいう意味で使うのも、あながちまったくの見当外れというわけではない。元々、そうしたニュアンスはたっぷり含んだ言葉なのである。長い間には、それらが誤用というわけではないということに、変化しないとも限らない。
しかし、私としては生涯に一度でいいから、「すべからく」を正統的な用法で、しかも魅力的な一ひねりを加えて使ってみたいものだと思うのである。なかなかその機会に恵まれないのだが。
【平成22年 9月 14日 追記】
この記事を書いて 5年半以上経ってから、上記の念願の半分ぐらいを叶えたような気がする (参照)。
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コメント
ありがとうございました。
勉強になりました~
昔はよく使いました。
最近
この言葉はあまり見かけません。ですから
誤用されるようになったのかしら?
私も
すっかり
忘れ果てていました~~~
ありがとうございました。
投稿: tokiko68 | 2010年9月14日 16:04
tokiko さん:
「すべからく」 と言うと、なんとなく自分がエラソーに思えるというのが、一番の問題点ですね ^^;)
投稿: tak | 2010年9月14日 23:32