「つくば万博」は何だったのだ?
車を運転しながらカーラジオを聞いていると、愛知万博でマンモスの牙がどうとか、リニアモーターカーがこうとか言っているので、もう開幕したのかと思っていたら、正式オープンは 25日からだそうだ。
今回大騒ぎしていたのは、どうやら 「プレビュー・ショー」 みたいなものらしい。
ところで、今回の愛知万博は、「大阪万博以来 35年ぶりの万博」なんてなことを言っているので、「じゃあ、あの『つくば万博』は何だったんだ」と思っていたのである。私はその頃、筑波の地に引っ越して間もない頃で、子どもも小さかったので、せがまれて何度か連れていった記憶がある。何しろ近かったので、軽い気持ちで行けたのだ。
それは、万博というよりは、ちょと奇をてらった遊園地のような印象だった。あれなら、ディズニーランドの方がずっとスゴイだろう。
そう思っていたら、他にも、「じゃあ『沖縄海洋博』はどうなってるんだ」とか、「そういえば 『花と緑の博覧会』とかいうのもあったぞ」とかいう声が巷でチラホラ聞かれるのであった。ああ、そう言えば、そんなのもあったなぁ。
大阪万博はやたらとすごかったらしいけど、あれから 3回もマイナーな万博が開かれていたのだ。あれらは「万博」のうちに入らないのだろうか。あるいは、開くまではわいわい盛り上げておいて、開かれたとたんに盛りさがってしまったという共通項ゆえに、歴史から抹殺されてしまっているのだろうか。
調べてみたら、大阪万博以後の 3つのマイナーな万博も、国際博覧会条約に基づいて BIE(博覧会国際事務局)に認定されたという点では、立派な「万博」に間違いないようなのだ。
ただ、love-station というブログの記事によると、次のようなことらしい。
ただし国際博覧会の中には、テーマを花なり海なりに絞った特別博と、普遍的テーマで行われる一般博との2種類あって、70年の大阪万博以外は特別博、大阪万博のインパクトが圧倒的だったということからこれ以来35年ぶりといわれているんじゃないか、とこういうわけなのだ。ところが丁度最近になって条約が改正されて特別博と一般博という区別もなくなったということだからややこしい。
ははあ、なるほど、それで愛知万博も、「エコ」にテーマを絞っているようないないような、いかにも曖昧な訴求の仕方で、それでいて、「35年ぶり」とかいう幻想はしっかりと強調しておこうという算段なのだな。
まあ、いわゆる「万博」の成功する時代は 1970年代で終わっていると思うので、今回もあまり浮かれるつもりはない。 つくばぐらいに近ければ、散歩気分で行ってもいいけど。
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コメント
私の中では、つくばは「科学博」という名前で記憶されています。
けれど、エネルギッシュな友人と片っ端から見て回ったにも関わらず、記憶にあるのは"宇宙食"という名で売られていた安っぽいお菓子(?)と、サントリー館の鳥の映画と、きれいなおねーさんたちと、昼間からビールで酔っぱらったことだけで、「科学」の印象はあまり...
何だったんだろう?
投稿: E727 | 2005年3月22日 16:47
確かに「科学博」って言ってましたね。
(ATOKで一発で変換できました)
本当に、「どこが科学なの?」って感じだったなぁ。
私の覚えているのは、会期中ずっと流れていたラジオ放送です。
筑波一帯で聴取できて、なかなか良かったですよ。
最終日にプツンと切れた時は、ジーンと来ましたから。
投稿: tak | 2005年3月23日 21:03