« 「つくば万博」は何だったのだ? | トップページ | サイドバーの表示回復 »

2005年3月23日

カジュアル面接といっても

世の中には 「カジュアル面接」 というのがあるそうだ。企業の採用面接試験で、通り一遍のリクルート・スーツではなく私服の着用を求められるらしい。

ところが、これを真に受けていつものスタイルで行ってしまうと、一発で不採用になるという都市伝説があるという。

確かに難しいところである。「カジュアルウェアでおいでください」なんて書いてあっても、どこからどこまでが「カジュアル」であるかという基準は、時と人と所によってみな違うのだ。

例えば、スーツしか作ったことのないアパレル・メーカーが、商品レンジ拡大のために 「新カジュアル企画」 を発表したりする。ところが、それはカジュアルウェアしか作ったことのないメーカーが作る「新クラシック・ライン」なんていうのよりずっとフォーマルっぽかったりするのだ

 

普段スーツしか着たことのないオジサンが「カジュアル・フライデー」に着ていく格好は、ホリエモンの記者会見に臨む服装よりずっとずっとずぅっとフォーマルだったりするのと同じことだ。

だから、フツーの会社の「カジュアル面接」に、"Fuck You!" なんてロゴのある Tシャツに穴あきジーンズで臨んだら、やっぱり不採用の理由になってしまうだろう。「逆踏み絵」みたいなもので、モロに正直に踏んでしまったらアウトなのだ。

世の中、「本音と建て前」というのは厳然としてある。この「逆踏み絵」の場合、踏まな過ぎるのも問題で、「踏んだか踏まないか」という微妙なグレーゾーンでとどめるという、日本のビジネスで最も重要な「阿吽の呼吸」感覚が要求されるのだろう。社会に第一歩を踏み出す時からこんななのだから、日本はなかなか変わらない。

この関連で、私は 30数年経った今でもまだ憤慨していることがある。中学校を出て高校に入る時、入学前の「オリエンテーション」の通知が来た。それには「服装自由」と書いてある。私はそれを真に受けて私服で臨んだ。ところが、当日私服だったのは、私を含めて 2~3名しかおらず、ほとんどは制服姿だったのである。

そして、最初に登場した教師が開口一番に「いくら『服装自由』と書いてあっても、学校に来る以上、制服で来るのが当然で、私服で来るなどはもってのほか」などとほざくのである。

「だったら、初めから『服装自由』なんて書かなきゃいいじゃないか!」というのは、通らない理屈で、日本の教育現場では、こうして高校に入学する時期から「本音と建前」をきちんと見極めるという教育を施してきたのである。

あれが採用試験だったら、学科で通って、面接で落っこちるというパターンだったのだろう。まあ、高校入試だからオリエンテーションで私服だったからといって、合格取り消しというわけにもいかなかったわけだが。

要するにあれは、「問題児を問題児として見極めて、レッテルを貼る儀式」として機能していたわけだ。私はこの狙いを正しく受け入れて、きちんと「反抗的な生徒」になった。

その意味では、私はとても素直だった。「服装自由」という案内を真に受けたし、最初に貼られたレッテル通りの 3年間を律儀に過ごしたし。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

|

« 「つくば万博」は何だったのだ? | トップページ | サイドバーの表示回復 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: カジュアル面接といっても:

» カジュアル面接増加 [きちビジ]
IT系やアパレルメーカーの中で、新卒予定者向けの就職面接で「カジュアル服の着用」 [続きを読む]

受信: 2005年4月 1日 15:17

» カジュアル面接を攻略する方法! [翼の王国 〜ザ・雑記帳〜]
こんちわ。 今日、スーツを出し、今、天日干しにしている。 理由は、この日記の最後にて。 最近は、企業の採用のとき、「カジュアル面接」というのが、あるらしい。 「就職活動といえばスーツが一般的である」という時代は、もはや過去の話。 最近は、私服で参加してもいいという、「カジュアル面接」が増えてきているそうだ。 「ありのままの自分で面接を受けてほしい。」 というのが、企業側の言い分だそうです。 ま、ホンモノが欲しいのかね? で、この間、春休みね。 実家に帰って、朝ごはんの湯豆腐を食べ... [続きを読む]

受信: 2005年5月25日 12:31

« 「つくば万博」は何だったのだ? | トップページ | サイドバーの表示回復 »