健康は幸福の後についてくる
Hot Wired Japan に、"「幸福は最良の薬」 を裏付ける研究成果" という記事が出ている。
ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ (UCL) 疫学・公衆衛生学部の研究によると、「幸福感」は、重要な生物学的作用の機能を高める働きをもつそうだ。
ここで、面白いレトリックが紹介されている。それは「人は健康だから幸せだというだけではなく、幸せだから健康なのだ」ということである。つまり、「健康は幸福を得るための条件」というよりも、「幸福であると感じれば、健康は後からついてくる」ということのようなのだ。
健康であるということは、生物としての人間の望ましいありようである。その望ましいありようが、「幸福感」という心のもちようで促進されるとしたら、その「幸福感」も、心理的という以前に、「生物的に」望ましいことであると、三段論法的に結論づけられる。
「幸福感」の鍵は、「精神世界に触れることや宗教の実践によってアルツハイマー病の進行が緩和される可能性があるとする研究結果」に見出されるだろう。「高いレベルの精神世界や信仰を持つ患者は、認知機能低下の進行が著しく遅くなることがわかった」と報告されている。
つまり、望ましい心の持ち方というのは、物質的な満足よりも精神的な充足にあるとみられるのである。
「精神的な充足」が何から得られるかといえば、ポジティブな心情である。不満、憎悪、怨念、嫉妬などというネガティブな心情に対し、感謝、和解、慈愛、調和といった心情は、幸福感の源泉であり、しかもそれは、功利的な処世術というよりも、よりプリミティブな生物学的レベルでも、「望ましい状態」に合致しているらしい。
どうも、我々の DNA は、もともとそのように設計されているらしいのだ。
これは精神世界の意義の実証的レポートとみることもできる。つまり、あまたの良き宗教の説くところに信頼を置くことは、決して迷信ではないとわかる。チベット仏教のダライラマ 14世(現ダライラマ)は、この辺りの科学的アプローチに関するフロンティアの役割も果たしている。
多くの宗教の根本的態度である感謝し合い、尊重し合うことは、精神世界においても、はたまた生物学の世界においても、自然で望ましいことのようなのだ。
そして、人間の生物的ありようだけでなく、国家の社会的ありようにも、それは言えるだろう。他国への憎悪を増幅することで得られるドメスティックな安定は、決して健康なことではない。
中国の国家システムに対して異を唱えても、彼国の人民を憎悪してはならないことを、片時も忘れないようにしよう。
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