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2005年5月に作成された投稿

2005年5月31日

フィリピンの元日本兵騒動

フィリピン、ミンダナオ島の元日本兵騒動。今頃書いても後出しジャンケンみたいになってしまうが、初めから、「えぇ? 本当かなぁ?」という気はしていた。

だって、2人とも 87歳とかの高齢で、さらに、あと 2人いるなんていう。栄養事情の悪いところにしては、長生きし過ぎだ。

私の父は 15歳で予科練に行き、16歳で終戦を迎えた。その予科練時代の戦友会に毎年出席しているが、年々参加者が少なくなり、淋しい思いをしている。つまり、同年齢の仲間たちが、次々に亡くなっているのである。

父は今年で 76歳になる。この年齢にして、死ぬ者が多いのである。終戦当時に外地におられた方々は、少なくとも 80歳を超えている。この年齢の人たちというのは、日本にいても、かなりの確率で亡くなられているのである。

例えば、金婚式というのは結婚 50周年なのだが、夫婦 2人とも元気でその日を迎えるのは、案外難しい。きちんと栄養をとって、医療・衛生面でも恵まれた環境で暮らしながら、そうなのだもの、ジャングルの中で過酷な生活を強いられながら、4人が 87歳とかになっても生きているというのは、「奇跡」でもなければあり得ないことだ。

あるいは、こうした過酷な環境だからこそ、かえって健康になって生き延びでもしたのかなぁと思ったが、後日の報道を聞くと、やっぱりおかしかったわけである。

今回の騒動で大勢の日本人報道関係者が押しかけた現地では、一時的にずいぶんゲンナマが落ちたことだろう。だが、柳の下にもうドジョウはいない。

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2005年5月30日

そもそも「分祀」って・・・

靖国神社における A級戦犯の「分祀」が話題になっている。(参照

政治的な判断は別として、この「分祀」という言葉がテキトーに使われていることに、私は「ちょっと待てよ」と言いたくなってしまう。これをきちんと整理しないと、議論自体がナンセンスになってしまうぞ。

そもそも「分祀」というのは、軽薄な言い方だが、私としては「神社の支店を出すようなもの」と理解していた。Goo 辞書で調べてみても、「本社と同じ祭神を他所の新しい神社にまつること。また、その新しい神社」となっている。

「本社と同じ祭神」という記述にご注意いただきたい。つまり「分祀」というのは、「祀られる祭神」を分割するのではなく、社を分けるのだろう。その中身は同じなのだ。

例えば、全国に「住吉神社」は数多くあるが、祀られている主神は、同じ住吉大神である。別の主神を祀っているわけではない。住吉大神が、底筒男命、中筒男命、表筒男命の三柱の神の総称であるからといって、その一柱ずつを分けて別々の神社に祀ったら、それは「分祀」とは言わないだろう。

今回の議論は要するに、靖国神社に祀られる御霊の中から、A級戦犯のみを除外して、まったく別の神社(あるいは慰霊施設)を作って、そこに祀れということなのだろう。だったら、「分祀」という言葉を使うのは間違いということになる。

検索サイトで調べてみたら、靖国神社は既に昨年の段階で「分祀」問題に関して明確な見解を表明しているではないか。(参照

あくまでも、政治的な判断から離れて、純粋に「分祀」という言葉に沿った議論をするならば、この靖国神社の見解で、完全にケリが付いていると思うのである。

だから、まともな議論をしたいのだったら、「分祀」なんていう言葉を使わず、「靖国神社はA級戦犯を祀るのを止めろ」と明確に主張しなければ始まらないのである。議論はそこからスタートする。

しかし、ここが大切なことだが、国は靖国神社を「一宗教法人」としているのだから、国の考えを押し付けるわけにもいかない。国としてこんな議論をすること自体が、「政教分離」の原則に反してしまうというジレンマに陥るのである。

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2005年5月29日

ラジオ出演、その後の「庄内力」

25日の当コラムでお知らせしたように、山形放送(YBC)ラジオの「ドンキーのいいのぉー庄内!」に電話出演した。

この番組は、山形県内陸(非庄内)出身のドンキーさとうさんと、庄内出身の佐藤泰子さんの二人のパーソナリティが、庄内ネタで盛り上がるのである。

電話出演の発端は、私の運営しているサブサイト、「庄内力養成委員会」の「庄内力チェック」をしてみようということのようなのであった。

佐藤泰子さんは庄内出身だけあって、番組でのおしゃべりを聞いていても、危なげない庄内力を感じるのだが、ドンキーさんの方は内陸出身とあって、庄内弁もちょっとしっくりこない。番組を開始して 4年近くなった今、ドンキーさんの庄内力はどのくらい進化したかというのが、興味の焦点となったのである。

結論。佐藤泰子さんは 80点台で、「先生」というランク。「標準以上だが、まだディープなところまでは迫っていない」という判定だ。一方、ドンキーさんは 50点台で、「初心者」 というランク。

それでも、内陸出身でありながら、あのモロ庄内弁で書かれた設問を理解できたというだけで、大健闘だと賛嘆させていただきたい。にぎやかで楽しいおしゃべりも、人柄の良さを感じさせて、なかなか楽しい番組だった。

ところで、この番組で宣伝が効いたようで、28日の昼ごろから「庄内力養成委員会」へのアクセスが急増した。普段は、1日にせいぜい 15件程度のアクセスしかないページなのだが、半日で約 150件のアクセスがあった。

放送の力というのは、やはり大きなものである。とくに今回の番組は山形県内とその周辺地域しかカバーしていないローカル局のものであることを考えれば、この数字は結構なものだ。

波及効果かどうかわからないが、「庄内力 BBS」も、モロ庄内弁の書き込みで急に賑わい出している。それに近頃、複数のサイトや BBS で、「庄内力チェック」 が話題になっているようだ。

庄内出身者の広がりというのは、案外すごいものだと、再認識している。

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2005年5月28日

庄内のポテンシャル

27日から酒田に帰郷している。寒河江から西川までの道のりは、大雨、雷、雹で大変な迎えにあった。

しかし、月山街道を越えて庄内に入ると、雷雲が宮城に行ってしまった後で、実家に着いた時には青空ものぞいていた。いつものことだが、私は晴れ男である。

帰郷の目的は、寝たきりの母の見舞いと、介護に奮闘する父の応援である。母の病状はまた少し進んでいて、声をかけてもなかなか反応を示さない。眠っている時間が圧倒的に長くなってしまった。

それから、今回は介護の応援の間を縫って、妻に羽黒山を見せたいと思っている。何度も庄内に来ていながら、羽黒山を見ていないというのはやはりもったいないことだからである。

そう思っていたところ、山形県が出羽三山の世界遺産登録を目指しているというニュースに目が止まった。

その一環で、県は周辺環境の整備や地域の運動を広げるプラン策定を審議する推進委員会委員を公募しているという。委員は山形県内に住んでいることが条件ということなので、私にはその応募資格がないが、県内居住者になんとかがんばっていただきたいものである。

修験道の本拠地として、山岳信仰の文化が色濃く残っているところとして、この地域はとても素晴らしいと思うのである。しかし、その素晴らしさを案外地元の人が理解していない。その独特の文化は、地元の手で常に育てていくという意識を持たなければならないとも思うのである。

外から見ていると、山形県人というのは、自己アピールが致命的に下手である。それは不言実行の素晴らしさにも通じるが、たまには有言実行してくれないと、プロモーションという視点からするとどうにも物足りないのである。

出羽三山の世界遺産登録というのは、客観的にみるとまだまだハードルが高いかもしれないが、これに挑戦する努力は庄内のポテンシャルを確実に高めてくれると思うのである。

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2005年5月27日

政治家が問題発言をすると……

26日は、雑誌用の長い原稿 1本と、新聞用の短い原稿を 1本書いているうちに夜が更けてしまった。

27日の「今日の一撃」はどうしよう。夜が明けたら一日中車を運転して帰郷するので、書く暇がない。どうしても夜中のうちに書かなければならないではないか。

「今日の一撃」は、「(ほぼ) 毎日更新」を謳っているが、正真正銘の毎日更新を続けて、およそ 1年半になる。別宅サイトの「和歌ログ」も同じくらい毎日更新を続けているので、我ながらよくやっているものである。

どちらかといえば、「和歌ログ」の更新の方が楽だ。これは、写真と和歌のコラボ・サイトなので、毎日毎日写真を撮ってそれに関連した和歌を詠むのは、一見大変そうだが、実は楽なものである。写真なんて、デジカメのシャッターを押すだけだし、その写真を眺めていると、自然に和歌は湧いてくる。我ながら、さすが日本人である。

その点、「今日の一撃」は、それほど楽ではない。何しろ、ネタ探しも大変なのである。昨日のようにびっしりと原稿書きに追われていると、適当なネタを仕入れる暇がない。従って、書く材料なんて、そう簡単には見つからないのである。

そう思いながら、インターネットをブラウジングしていると、森岡政務官が自民代議士会で「A級戦犯はもう罪人でない」と発言したとのニュースに目が止まった。(参照

森岡氏は 88年に「日本に中国侵略の意図はなかった」と発言して国土庁長官を辞任した奥野誠亮元法相の秘書を経て、衆院議員となった人だという。ところが、今回の森岡発言に対し、政府は「個人の見解」(細田官房長官)として、本人から事情を聴くなどはしない方針だという。

ほんの 5、6年前だったら、森岡氏はマスコミに責め立てられて、政務官の職を去らなければならないところだったろう。世の中、変われば変わるものである。

私自身は今回の発言に対してどうこう言うつもりはないが、こうした発言をすると、まともな議論もなく、自動的に職を辞さなければならなくなるという風潮が変わってきたことに関しては、大いに歓迎するものである。

あるいは、今回の発言はそれを見越した「確信犯」だったかもしれないが。

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2005年5月26日

五月晴れの本当の意味

以前、5月のさわやかな青空は、「五月晴れ」ではないと書いた。(参照

本来、「五月晴れ」という言葉は、旧暦五月、つまり、新暦の 6月から 7月にかけての、梅雨時の晴れ間のことを指すのである。「五月雨(さみだれ)」が「梅雨時の雨」を指すのと同じことだ。

ところが、Goo 辞書 (三省堂提供 『大辞林 第二版』) では、以下のように説明されている。

(1) 新暦五月頃のよく晴れた天気。
(2) 陰暦五月の、梅雨 (つゆ) の晴れ間。梅雨晴れ。[季]夏。《男より女いそがし―/也有》

なんと、驚くべきことに、間違った解釈によってはからずも定着してしまった語義の方が先に書かれているのである。だから、三省堂の辞書は嫌いなんだ。少なくとも、大修館書店の『明鏡国語辞典』では、順序が逆だぞ。

この誤用は、どうやら気象庁が率先して定着させてしまったようなのだ。気象庁のサイトには 「季節現象」 というページがあって、「さみだれ」と「さつき晴れ」は以下のように解説されている。

さみだれ   梅雨期の雨 (旧暦五月の雨、「五月雨」 と書く)。
 
 備考    通俗的な用語のため予報、解説には用いない。
さつき晴れ  5月の晴天
 
 備考    本来は旧暦の5月(さつき)からきたことばで、
        梅雨の合間の晴れのことを指していた。

何と、「さつき晴れ」の解説の 「備考」 として、本来の語義を「梅雨の合間の晴れのことを指していた」と過去形にしてしまっている。

さらに、「さみだれ」の語義を正しく解説しながら、「通俗的な用語のため予報、解説には用いない」なんてことにしてしまっている。

ふぅむ、日本語をおかしくしてしまっているのは、気象庁だったのか。悲しいなあ。

「男より女いそがし五月晴れ」という也有の句がわからなくなるのも道理である。

梅雨の合間の晴れ、つまりつかの間の天気だから、たまった洗濯物をしてしまおうと、女が忙しくなるということなのだが、「新暦五月頃のよく晴れた天気」としてしまっては、誰もピンとこなくなってしまう。

そのうち、「五月雨」も「5月のさわやかな雨」なんてことになりかねない。

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2005年5月25日

「庄内力」ラジオに進出

私は「庄内力養成委員会」というサブサイトをもっている。故郷の山形県庄内を思う「望郷道楽サイト」である。

「庄内力とは、「庄内人と庄内を愛する人の、庄内的アイデンティティに裏打ちされた人格的力」と定義づけていて、正式な読みは「しょうないりょぐ」と訛る。

このほど、このサブサイトが縁となって、山形放送(YBC)ラジオの「ドンキーのいいのぉー庄内!」という番組に電話出演することになった。「いいのぉー」というのは、「いいねぇー」という意味である。

庄内弁の語尾には「のー」(「の」「のぅ」「のぉー」 などバリエーションあり)が必ずと言っていいほどつく。庄内人は、石原慎太郎都知事が推奨する「ノーと言える日本人」なのである。

放送日は 5月 28日(土) で、午前 11時 25分頃から、約 5分間の予定だそうだ。ほんの短い時間だが、電波の届く地域にお住まいの方は、よろしければ聞いていただきたい。

山形放送(YBC)というのは、田舎にいた高校生の頃までは、よく聞いていたので、懐かしい。しかし、最近は電波の届かないところに住んでいるので、「ドンキーのいいのぉー庄内!」という番組は一度も聞いたことがない。申し訳ないことである。

何でも、ドンキーさとうさんと、 庄内地区ラジオカーリポーターの佐藤泰子さんの、二人のパーソナリティによって進められる番組らしい。二人とも 「佐藤さん」 で、「佐藤率 100%」 というあたり、さすがに山形である。

ドンキーさとうさんは山形市在住だが、庄内出身ではないらしい。しかし、佐藤泰子さんは庄内生まれということなので、何だか具体的にはわからないが、期待されるところである。

ちなみに、放送当日までに両佐藤さんは、当サイトの「庄内力チェック」をして、自分の庄内力を判定しておいてくれるそうである。どんなレベルだろうか。楽しみである。

「庄内力チェック」 は、興味があればトライしてみていただきたいのだが、何しろチェック項目がすべて庄内弁で表記されている。かなり庄内に縁の深い方でなければ、読みこなすことさえ困難を極めるはずだ。

なお、放送当日、私はたまたま酒田の実家に帰っているので、ローカルで放送に参加できる。庄内地区ラジオカーリポーターの佐藤泰子さんにお会いできないかなあ。

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2005年5月24日

ニュースバリューということ

「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースだ」と言われるが、自分のペットの犬を噛んだぐらいでは、決してニュースになんかならない。

ただし、町中の犬を手当たり次第に噛みまくったら、地方版ぐらいには載るだろう。ニュースとはそういうものである。

こうしてみると、ニュースになるというのは決して容易なことではない。

以前にも書いたことがあるが、1980年代に私がニューヨークで宿泊したホテルのロビーで起きた殺人事件は、翌日の新聞に載らなかった。当時のニューヨークでは、単なる殺人事件ぐらいでは、ニュースバリューは低かったのである。

他にニュースがなければ一面トップにもなるが、もっと大きな事件が起きたら、無視されるのだ。つまり、ニュースバリューというのは完全に相対的なものであるということになる。

私が繊維業界紙の記者をしていた頃、記者会見で発表された内容をごく普通にまとめた記事が、翌日の一面トップになって驚いたことが何度かある。反対に、時間をかけてじっくり取材した会心の原稿の扱いが、期待に反して小さくなってしまったこともある。他に大きな記事があったりするとそうなる。

新聞記者から某団体の広報スタッフに転職してからは、大きな発表をするときは、他に余計なニュースがないように祈ったものだ。満を持して発表したことが一面トップにならず、他の突発ニュースの影に隠れてしまったら、それはやはり悔しい。

逆に、不祥事が発覚した時などは、他に大事件が起きてくれるとその影に隠れることができる。そうした場合は情報公開の時期を意図的にずらすなんて姑息な手段を弄することもあるようだ。オリンピック開会式当日に不祥事が発覚したりしたら、まさに 「不幸中の幸い」 というものかもしれない。

ニュースバリューの話でよく取り上げられるのは、六代目三遊亭円生の死である。落語の世界では、円生といえば、今の円楽の師匠であり、、志ん生亡き後の昭和の大看板だった。

巡り合わせとはコワイものである。その円生の亡くなった日に、上野のパンダも死んだのだ。翌日の新聞には、「ランラン死す」の大見出しが踊り、そのずっと下の方に、「円生も」という小さな見出しがあった。

マスコミとは、この程度のものなのである。だから、「マス」でない情報発信を誰もができる時代になった今、独自の視点による価値判断というものがキーポイントになり得る。

分野を限定したニュース・メディアというのはいくらでもあるが、独自のきちんとした価値観で編集したメディアというのは稀だ。もしかしたら、新しいビジネス・モデルになるかもしれないのに。

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2005年5月23日

文体というもの

いやしくも 「知のヴァーリトゥード」 はテキスト中心のサイトのつもりでいるので、ある程度は自分なりの「文体」というものも意識している。

私のサイトのテキストに、独特の文体というものがあるかといえば、多分「ある」のだろうと思うのである。

以前、アクセス解析の「リンク元」になっていた某 BBS で、私のサイトがまな板にあげられていた(ちなみに、同じ意味でも、私は「俎上に載せられていた」などとは、決して書かないのである)。 その BBS では、私のサイトは「語り口が鼻につく部分はあるけれど・・・」みたいな言い方をされていた。

こんなことを書くと、ますます「鼻について」しまうかもしれないが、「ふーん、なるほど、そういう感じ方もあるわけね」と、私はとても納得したのだった。そう思ってもらえるのは、案外ありがたい。「鼻につきもしない」よりは、ずっとマシである。

この「鼻につく」文体は、別に意識して作り上げたというわけではない。いつの間にか、こんな文体になってしまったのである。ある意味、こんな「鼻につく」文体で書いていると、自分自身がちょっと安心するのである。そして、時々どうでもいいことでしつこいのは、私の文体の特徴の一つである。

以前、某外資系団体で広報部にいたとき、英国から次々に送られてくるプレス・リリースを日本語に翻訳する仕事をしていたのだが、最初の 2〜3行を読めば、誰が書いたのかすぐにわかった。それほど、文章というのは「クセ」が出る。文体なんていうのは、要するに文章の「クセ」である。

私の文体は、基本的にはハードボイルド的にセンテンスが短いのだが、時々妙に長いセンテンスが混じり込むのは、当時、英国本部の広報担当に、関係代名詞のたたみかけで、ものすごく長いセンテンスを書くオネエチャンがいて、それを意地でも長いセンテンスのままで訳そうと試みていたことがあったので、その際の、ある種の「陶酔的心地よさ」みたいのものも知ってしまったからである。

ほら、長いセンテンスだってかけるでしょ。それでも、十数行にもわたる長々センテンスは、あまり好きじゃないなあ。

文章だけではない。カメラマンだって、カメラマン仲間の写真なら、どの写真が誰のものか、クレジットなしで明確にわかるという。なるほど、そんなものだろう。

つまり、文体にしても写真にしても、身に付いた「クセ」というのは、自分の身内なら、後ろ姿を見ただけでわかるというような、それはもう、ある意味 「身体的」 なものとも言えるのだ。

逆に、無理して作った文体というのは、やっぱりどこか不自然だ。春先の通勤電車でスーツ姿がどこか板につかないので、すぐに新入社員と分かるみたいなところがある。

それでも、書き続けている内に、いつの間にか「しっくりくる」のだ。新入社員の板に付かないスーツも、半年も着ているうちに体のクセがついてしまい、いい感じにヨレてしまうのと同じである。

ところで、最近私が注目している文体がある。「知のヴァーリトゥード」 からもリンクしている 「まこりんのわがままなご意見」のまこりんさんである。椎名誠の文章が 「昭和軽薄体」 なら、まこりんさんは 「平成軽薄体」 ともいうべき独特のものがある。それはとくに、彼の blog「まこりんのつれづれなる日々 in  はてな」で、明確に示されている。

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2005年5月22日

英国人の紅茶離れ

英国人があまり紅茶を飲まなくなっているそうだ。コーヒー、炭酸飲料、ハーブ茶、フルーツ茶などに押されているらしい。

調査によると、80%近くの英国人が紅茶を飲んでおり、65歳以上では 85%前後になるが、15−24歳では 72%に落ちる。若年層の紅茶離れが目立つ。(参照

ふーん、私は英国人は全員紅茶を飲むものと思っていたけれど、そうでもないのだな。意外な結果である。

昔見た「ジャイアンツ」という映画で、ニューイングランドから南部の大牧場にお嫁入りしたエリザベス・テーラーに思いを寄せるジェームス・ディーンが、ある日、ようやく自分の小屋で彼女に紅茶をご馳走するチャンスに恵まれる。

久しぶりに紅茶を口にしたお嬢様育ちのエリザベス・テーラーは、「どうしてヤンキーは皆、コーヒーばかりがぶ飲みするのかしらね」なんて、無邪気なことを言う。しかしその紅茶は、ジェームス・ディーンがこの日のために用意しておいた特別の紅茶だった。彼だって、普段は「コーヒーがぶ飲み派」だったのである。

こんな風に、紅茶は上品でコーヒーは庶民派みたいな感覚があるが、もとはと言えば、それは英国の負け惜しみだったという説がある。

本当は英国人もコーヒーが飲みたかったのだが、18世紀のコーヒー利権争いでオランダに敗北し、仕方がないので、インドから大量に入ってくる紅茶で我慢するようになったというのである。

17世紀にはロンドンでもコーヒーハウスが非常にポピュラーだった。ところが、ジャワでコーヒー栽培に成功したオランダが、18世紀前半から、ヨーロッパのコーヒー貿易を独占するようになったため、競争に敗れたイギリスは、紅茶に乗り換えた。これ以後、英国内ではコーヒー価格が暴騰し、その代わりコーヒーハウスでも安い紅茶が出回るようになったという事情がある。

コーヒー派の私なぞは、「さもありなん、そりゃ、コーヒーの方が美味しいもの」と思ってしまうのだが、英国人の紅茶離れと聞くと、なんだか複雑な思いがある。英国人が紅茶を飲まないと、イメージが狂ってしまうのである。

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2005年5月21日

仏教寺院とビキニ

今年のミスユニバース世界大会は、タイのバンコクで開かれている。しかし、川船でビキニ姿を披露する各国代表の写真が仏教寺院を背景としているために、仏教団体が不謹慎と猛反発。

この写真は、政府の申し入れで、大会の公式ウェブサイトから削除された。

その写真がニュース写真として公開されている。ふむふむ、確かにずらりと並んだ魅力的なビキニ姿の背景に、仏教寺院の尖塔が映っている。(参照

問題は、この写真を撮った側の感覚である。このカメラマンにとっては、背景に映る尖塔は、単に「エキゾチックな光景」でしかなかったのだろう。「いかにもバンコクらしい背景」を探し求めていたら、たまたまこれだったということかもしれない。

もしイスラム寺院のモスクだったりしたら、別の意味でかなり気を遣ったかもしれないが (もっとも、イスラム国でこんなイベントは開かれないだろうけど)、この場合は、宗教施設であるという認識すらあったかどうか、疑問だ。

川船の上でなく、寺院の真ん前の広場だったりしたら、撮影自体が許可されなかっただろう。タイの寺院では、Tシャツ姿やサンダル履きの入場も断られるところがあると聞く。ましてや、ビキニの群は問題外である。

それは、別にタイの特殊事情というわけではない。西洋だって、教会の真ん前でこんな構図は取らないだろう。確かに 「冒涜」 的な臭いがするし、「不謹慎」以前に「異様」だ。

建物の真ん前で取りにくい写真なのだから、川船の上とはいえ、背景に取り入れるのは、やはり遠慮すべきだったろう。とはいえ前にも述べたように、このケースでは、宗教施設という認識すら希薄だったのだろうなぁ。

 

そう考えると、今回の問題は、異文化理解の問題だと気付く。カメラマンにとっては単に「エキゾチックな建物」でしかなくても、地元の人たちには神聖なものだったのである。

件の写真をみて、「何がいけないの?」と思った人は、海外に行った時、ちょっと要注意である。どこでどう現地の人の神経を逆なでしているかわかったものではない。最近の日本人は、宗教的なものに関する理解が致命的に不足している。「知らずに犯す罪」は重いのだ。(参照

世界各地で「無邪気に」罰当たりな行動をして、ヒンシュクを買っている。それどころか、自国の神社仏閣の前で、「無邪気に」ビキニの群れの撮影をしかねない。

自国の伝統文化さえも「異文化」になってしまっているという現状を、私は嘆くぞ。

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2005年5月20日

Under-the-table money (賄賂)

私は 40歳前後の数年間、某外資系団体に勤務したことがある。その頃、アジア各国支部のスタッフが香港のホテルで 1週間缶詰となり、朝から晩までマーケティングの勉強をさせられたことがあった。

それはとても実戦的な内容で、今でもかなり役に立っている。

何しろ、それぞれ固有の言語をもつアジア各国からスタッフが集まっているのだから、そのセミナーはすべて英語で進行する。講師も英国のマーケティング・スクールから派遣された専門家だった。

朝から晩まで英語漬けになるというのは、かなり疲れるものである。しかも、講師の英国人以外は、それぞれ韓国訛り、北京語訛り、広東語訛りと、ものすごく聞き取りにくい。そんなわけで、夜は酒も飲まずにぐっすりと眠った。

5日間の基本講習が終わると、スタッフが何組かのグループに分かれ、会社が新事業を開始するという想定で、そのプロジェクトを成功させるためのシミュレーションが行われる。

マーケティング・リサーチとして、そのホテルのロビーに繰り出し、見知らぬ外国人相手にアンケート調査を行う。欧米人というのは、コトの次第を話すとかなり協力的で、とても助かった。

アンケート調査の結果をもとに、予算作成からプロモーション運営前段階に至るまでの計画を立案するのである。

この計画立案会議で、とても印象的なことがあった。

というのは、予算作成にあたり、香港支部のスタッフは何はともあれ "under-the-table money" の確保が絶対に必要であると、かたくなに主張するのである。「テーブルの下で渡す金」 、早く言えば「賄賂」である。

「このセミナーは、国際標準で運営されている。香港のローカル事情は忘れてくれよ」と私は言った。

「たとえ国際標準だろうと、under-the-table money の必要な時がある。何も特殊なことじゃない。絶対に確保しておく方がいい。それは経験から学んだことだ」彼は頑として引き下がらない。これでは、話は一向に前に進まない。

「OK、OK、わかった。それじゃ『予備費』の名目で少し取っておこう」

当時、香港はまだ中国に返還される前で、英国に統治されていた。それでも、こんなものだった。中国に返還された今では、"under-the-table money" の重要性はさらに高まっているだろう。

最近の上海は電力不足で、エアコンの必要な夏の間は、企業が交代で操業を停止することになっているという。ところが、中小企業がきちんと操業停止しているのに、大手企業の中には一度も停止せずに夏を乗り切るところもあると聞いた。

最近は「腐敗防止」が厳しくなっているというけれど、これも、"under-the-table money" の威力なのかなあ。

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2005年5月19日

ついに我が家にも架空請求葉書が

ついに我が家にも噂に高い「架空請求」の葉書が届いた。いや、正確には「請求」 ではない、「総合消費料金未納分訴訟最終通達書」という仰々しいものである。

初耳なのに「最終通達書」とはずいぶん乱暴極まりない話である。それでも、ひっかかる人もいるのだろう。

以前、メールの架空請求は来たが、葉書は初めてだ。書面はこんなようなものである。(面倒くさいけど、書き写してみた)

総合消費料金未納分訴訟最終通達書

訴訟番号 (わ) 062-****
 この度ご通知致しましたのは、総合消費料金未納分について未だ連絡がない状態にあります。貴殿のご利用されました 「総合消費料金未納分」 についてご契約会社及び運営会社から訴訟を受けましたので当局までご連絡ください。こちら 「総合消費者民法特例法」 上、法務局認可通達書となっておりますので、連絡無き場合には原告側の主張が全面的に受理され指定裁判所からの書類通達後、出廷となります。また、裁判後の措置と致しまして給料差し押さえ及び、動産物差し押さえを執行官立ち会いのもと履行させて頂きます。当局と執行官による 「執行証書の交付」 を承諾して頂くようお願いすると同時に、債権譲渡証明書を一通郵送させて頂きますので承諾の上ご返送ください。

 尚、書面での通達となりますのでプライバシー保護の為、民事訴訟及び、裁判取り下げ等のご相談は、当局職員までご連絡下さい。以上持ちまして最終通告とさせて頂きます。
 
※裁判取り下げ最終期日 平成 17年 05月 20日
   0120-585-*** (管理課)
 
  受付時間 9:00〜17:00
    休日 (土・日・祝日)
  〒100-0004
  東京都千代田区大手町 2丁目 21番地 5号
  法務局認定法人 国民消費総合管理局

はっきり言って、ものすごい悪文である。大抵のお役所文書も悪文には違いないが、よく読めば、(市町村レベルを除けば) さすがに文法だけは筋が通るようにできている場合が多い。しかしこの文章は、「てにをは」レベルのチョンボだらけ。到底まともには付き合いきれない。

敢えて一つだけ指摘するが、「以上持ちまして最終通告とさせて頂きます」というのは、初歩的な間違い。「以上」という言葉自体、「上を以て (もって)」ということなので、「以上持ちまして」は、「上を以て持ちまして」ということになって、もう、読んでる方がこっ恥ずかしい。

添削してあげるが、正しくは 「以上、最終通告とさせていただきます」あるいは 「これを以て最終通告とさせていただきます」である。今後気を付けるようにね。

なお、「東京都千代田区大手町 2丁目 21番地 5号」 という住所は、この世に存在しないようである。

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2005年5月18日

暦のお話

Rtmr さんが先月に論じられた暦の話(参照)の関連で、私はこの年になって初めて知ったことがあった。

それは、現在の太陽暦のもとになったローマ歴では、1年の始まりが 1月ではなく 3月だったということだ。これを知るまで、私はとんでもない誤解をしていた。

英語では 7月を July、 8月を Augusut というが、これは、ジュリアス・シーザーと初代ローマ皇帝アウグストゥスが、自分の名前を月の名前 (Julius、July / Augustus、August) にしたことによるというのは、よく知られた話である。

私はこれを、シーザーとアウグストゥスが、ごり押しして自分の名前の月を、現在の 6月と 9月の間に押し込んだ(挿入した)ために、9月以後が 2つずつ後ろにずれてしまって、本来の名前の意味と乖離してしまったのだと思っていた。

例えば、9月は September  というが、本来これは、「7番目の月」 という意味である。 そして、10月は October。"Oct" というのは、「8」 という意味で、8本足のタコのことを、英語では Octopus (オクトパス) という。

同様に、November  は 「9番目の月」、December は 「10番目の月」 である。

このように、8月の October から 12月の December  まで、本来の意味とは 2か月ずつずれてしまったのは、シーザーとアウグストゥスのわがままのせいだとばかり思っていたのだ。

しかし本当は違っていた。ローマ歴では、最初の月が現在の 3月とされていたのだと、この年になって初めて知ったのである。シーザーとアウグストゥスは、単に 5番目と 6番目の月の名前を自分の名に変えただけで、新たに 2か月分押し込んだわけではなかったのだ。

つまり、その時点では September はちゃんと本来の語義通りに 「7番目の月」 で、December は 「10番目の月」 だったのである。なるほど。

しかし、今の 3月が 1年の始まりだったとしたら、1月と 2月は一体どうなっていたのか。

以下、Rtmr さんが 、永田久 『暦と占いの科学』 (新潮選書、1982) という本で調べてくれたことに全面的に依拠して書かせていただく。

紀元前 8世紀半ばまで使われていた「ロムルス暦」という暦は、1年が 304日の 10ヶ月しかない太陰暦だった。現在の 3月が年初で、農作業のできない寒季の 60日は、暦そのものがなかったというのである。

ずいぶんいい加減な話なのであった。いわば「存在しない 60日間」が放置されていたのである。

いくらなんでもこれではまずいということになって、紀元前 8 世紀の終わりに採用された「ヌマ暦」に至って、初めて 11月(Januarius)、12月( Febrarius)の 2か月が年末に追加され、1年が 355日になった。

紀元前 153年に、ヌマ歴の改革が行われ、それまで 11月だった Januarius が年初の月と定められたが、3月(Martius) は依然として「旧正月」として存続していた。紀元前 46年に、シーザーが Januarius を年初の月として正式に定め、これ以後、名実共に現在の 1月 1日から新しい年が始まることになった。

我々日本人は、月の名前を仰々しく呼ぶ習慣を廃して、単に数字の順番で呼ぶため、その歴史的背景にはまったく無頓着だが、January から December まで、きちんとした呼称を保存している欧米人にとっては、「3月が年初」という感覚は、まるで盲腸のようにわずかながらに残っているのではあるまいか。

ちなみに我が国の月の呼称は、代表的なものが 「睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走」 である。

この覚え方はいろいろな流儀があるようだが、私は独自に 「むつきさや うさみふはなが かみしもし」 という 五七五の俳句形式で覚えた。

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2005年5月17日

シャケ弁当とキノコ雲

昨日、平成 12年に取手周辺で起きた雹(ひょう)被害について書いたら、その 7年前に取手近辺で相次いで起きた事故について思い出してしまった。

それは、常総線の電車がブレーキ故障で取手駅ビルに突っ込んだ事故と、花火工場の大爆発である。

平成 5年 6月 2日は水曜日だった。私はいつものように東京都内のオフィスに出勤し、夕方、常磐線で戻り、取手駅に下車した。すると、なんだか様子がおかしい。騒然としている。

取手駅は JR 常磐線快速電車の終点だが、他に、日本一運賃が高いことで知る人ぞ知る存在の、常総線という私鉄のターミナルでもある。その常総線の電車(いや、電車ではない、ディーゼル列車だった)が、ブレーキ故障で停まることができず、取手のステーションビルに突っ込んでしまったという。

その事故は、朝、私が取手を出てから間もなくのことだったらしいが、私は帰ってくるまでそのことを知らなかった。インターネットで検索すると、以下のような記事がある。

関東鉄道常総線取手駅構内において、入線してきた上り列車 4両編成のブレーキがかからず車止めに激突、そのまま駅ビルに突入した事故。乗客 1人が死亡。原因はブレーキ故障で、非常ブレーキも一駅手前の西取手駅で作動させた後に適切な復元がなされず、常用・非常の両系統のブレーキが作動しなかった。

この後、ステーションビルはかなり長い間修復工事のため使用できず、不便な思いをした記憶がある。

しかし、この時の最も鮮烈な記憶は、「シャケ弁当」だ。取手駅を出たあたりの道端に、テレビのニュース・スタッフが大勢しゃがみ込んで、シャケ弁当をつついていたのである。

腹を空かせて帰ってきた私には、このシャケ弁当がやけに美味しそうに見えた。以来、大きな事故が起きると、私は反射的にシャケ弁当を思い出してしまう。

そしてその 2週間後、 6月 16日に私は有給休暇を取っており、何かの用事で取手駅近くに行った。その日は天気が良かったので、車ではなく、原チャリに乗って出かけたのだった。

国道 6号線を快調に飛ばしながら、ふと右側を見ると、間近に巨大なキノコ雲が見えた。一瞬、原爆が落ちたかと、背筋が凍った。「俺はどうして今、生きてるんだろう?」と思ったほどである。

帰宅してニュースを見ると、取手市の隣町、守谷の花火工場で爆発事故があったと告げていた。最終的に、死者・行方不明 3人、重軽傷 51人、周辺民家の全焼 10 、全壊 4など、合計 59棟に被害があった。

我が家でも「ドーン」という爆発音が聞こえ、ガラス戸がビリビリと震えたらしい。私はヘルメットをかぶってバイクに乗っていたので、爆発音に気付かなかったのだろう。

というわけで、当時の取手周辺の人たちは「常総線の事故といい、花火工場の爆発といい、一体、この辺りはどうしちゃったんだろうねぇ」と、漠然たる不安感を抱きながら語り合ったものである。

そして、私は 12年経った今でも、この一連の事故を思い出すたび、あのシャケ弁当とキノコ雲がありありとまぶたに浮かぶのだ。

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2005年5月16日

雹の思い出

今日はうららかな良い天気だが、昨日は晴れていたかと思うと雷は鳴る、雹(ひょう)は降るで、大変な空模様だった。

雹被害と言えば、記憶に新しいのが 5年前に茨城県南部、千葉県北西部で降った猛烈な雹である。これはとにかく、大変なものだった。

「大変なものだった」とは言っても、私自身はその雹が降るのをリアルタイムで体験したわけではない。当時、東京都内の勤務先にいたので、夕刻過ぎに取手駅に帰ってくるまで、雹が降ったことすら知らなかった。

あの時も 5月の新緑の季節だったが、かなり暗くなった取手駅に降りて、コンコースに出ると、なんだか様子がおかしい。

それは木々の変わり果てた姿のせいだと気付くまで、少し手間がかかった。朝の出勤時には見事に新緑に覆われていたはずだが、どうも枝がスカスカになっているようだ。要するに、葉っぱが皆落ちてしまっているのである。

足元を見ると、葉っぱだけではないと気付いた。小枝がバラバラ落ちている。つまり、枝ごとなぎ落とされたようなのだ。

さらに小枝だけではない。道の両端には、ゴルフボールよりも大きな氷の固まりがびっしりと掃き寄せられている。ここで、「もしかしたら、雹が降ったのか」とようやく思い当たった。

日が暮れてまでゴルフボール大の大きさなのだから、実際に降った時にはもっと大きかったろう。正直なところ、「ここにいなくてよかった」と思った。

私は取手駅までは車を使っていて、駅の近くに駐車場を借りている。その駐車場までの路地を辿ると、被害はもっと深刻だ。

家々の窓ガラスが割れて、ビニールを張って代用しているのが見える。ベランダの屋根の波状のプラスチック板は、穴の空き放題で、蜘蛛の巣のようだ。駐車場に停めた自分の車が心配になってきた。

車に辿り着くと、一見、心配したほどのことはない。しかし、見る角度によっては、街灯の明かりで、屋根のボコボコが少し目立つ。「まあ、これぐらいは仕方なかろう」

ところが、運転席に乗り込んで驚いた。右側のドアミラーが割れてしまっているのである。こればかりは、早々に修理しなければならない。

私の自宅の周りは大した被害はなかったが、車だけは一番激しく雹の降った地域に、被害に遭うためにわざわざ出張したようなものだった。

ドアミラーの修理というのは、鏡さえ替えればいいと思っていたのだが、近頃のは皆、電動式のため、ユニットごと交換しなければならないらしい。おかげで、鏡一枚のはずが、1万何千円だかの修理料になった。

屋根のボコボコは、その 3年後に車を乗り換えるまで、「雹の記念碑」的にそのままにして、時々話のタネになった。今でも、取手駅周辺には、ボンネットや屋根がボコボコにへこんだ車が停まっていることがあり、「雹の記憶」を呼び覚ましてくれる。

ちなみにあの時は、自動車販売店の被害も大変だったらしい。納車寸前の新車がボコボコになったということもあったようだ。ご愁傷様である。そういうときの保険適用はどうなるのだろう。

その後、ガラス屋さんは大忙し状態が 1週間以上続いたと聞く。「雹特需」というところだった。

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2005年5月15日

北京の日本大使館、現状復帰なんて

先月 21日の当コラムで、反日デモで汚された北京の日本大使館の外壁は、北京オリンピックまでそのまま保存し、各国のプレスに見てもらえばいいと書いた。

ところが日本政府は、中国の現状復帰の申し出を易々と受け入れてしまいそうな雰囲気なのである(参照)。

もう、本当に外交下手だなあ。中国側の申し出なんて、喜んで受け入れる必要はまったくないではないか。内部の業務に差し支える部分だけは、さっさと自前で修理して、外壁の汚れはそのままにしておけばいい。

外壁の汚れを、遅くとも北京オリンピックまでにきれいにしておきたいのは、体面にこだわる中国政府の方の都合である。だからこそ、「謝罪はしないが、修理はする」という虫のいい話をしているわけではないか。

中国としては、現状復帰さえしてしまえば、「無料で直してやったんだから、それでいいじゃないか」で済ましてしまうだろう。筋を通そうとしても、ウヤムヤになることは確実だ。これで、せっかくの外交カードをドブに捨てることになる。

だったら日本としては、謝罪が公式に行われるまでは、のらりくらりと言を左右にして、引き延ばすに限る。

「日本大使館の敷地内に、謝罪もしない国の業者をむやみに入れるのは、セキュリティ上の懸念があるとの、国内の声を無視できない」とかなんとか言って、3年半、返事を保留しておけばいい。そのくらいの腹芸ができなくては、外交もへったくれもなかろう。

まあ、いずれにしても、早急に結論を出して証拠隠滅に協力する必要は、まったくない。中国四千年の歴史に比べれば、3年半ぐらいのプレッシャーを与え続けても、それほど罰は当たらないだろう。

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2005年5月14日

勘違い記者はどこに行った?

JR 西日本の記者会見で、一番エラソーに罵倒しまくっていたヒゲの勘違い記者は、読売新聞だったそうで、同紙は 13日付で謝罪記事を掲載したらしい (参照

ネット関連では当初、あれは朝日の記者という噂も立っていたのだが、どうやらガセネタだったようだ。

大阪朝日放送の記者があれよりすごいヒゲ面だったので、「あんたら、もうええわ、社長を呼んで」などと声を荒らげた「ヒゲの記者」というと「朝日」ということになりかかったというのが真相らしい。

ところで、私も以前は繊維業界の専門紙だが、記者という仕事をしていたので、この仕事の「勘違いしやすさ」というのは、十分にわかっている。

何しろ一介のヒラ記者でも、「○○新聞です」と言って電話してアポイントさえしてしまえば、名刺一枚で一部上場企業の社長だろうが会長だろうが、サシで話ができるのである。

しかもベテラン記者になってしまうと、その社長が部長だった頃から親しかったなんてこともあったりして、結構本音のやりとりができてしまう。するとその会社の社員は、その大記者様のご機嫌を損ねてしまっては大変なので、下にも置かぬおもてなしをしたりする。

以前は、大記者の「あんたんとこの、あの○○っていう営業部長、ちょっと気が利かんなあ」なんてな一言で、人事が動いてしまったということもあったらしい。今ではそんなことは、ほとんど昔話の世界だが。

記者会見の話に戻るが、記者のテクニックとして本音を聞き出すために、相手をちょっとだけムッとさせるような聞き方をするということも、確かにある。ただ黙って聞いていただけでは、当たり障りのない公式見解しか出てこないので、想定外の力業で流れを変えるのだ。

それでも「ちょっとだけムッとさせる」程度で、後で「あんときゃあ失礼しました」と言えるぐらいにしておかないと、それ以後の取材がしにくくなってしまう。だから本気で怒らせたり、あるいは断崖絶壁に追いつめたりというような聞き方は、原則的にしない。それが礼儀というものだろう。

今回の読売新聞の謝罪記事は、大阪本社社会部長名の署名記事だったようだが、当の「勘違い記者」はどうなってしまったんだろうか。あれだけわめきまくっておいて、自分の方の形勢が悪くなると、どこかに隠れてしまったようだ。

「社会部長はもうええわ、ヒゲのにいちゃんを呼んで」と言われたら、どうしたらいいんだろう。

そしてこれだけは言っておきたいが、見苦しかったのは、読売のヒゲのにいちゃんだけではない。あまたのニュースショーも、必要以上にものすごく「正義の味方」だった。

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2005年5月13日

監禁事件

一泊二日の高知出張から戻ってきて、夕べはさすがに11時頃には寝てしまい、このコラムの更新が久しぶりで朝になってしまった。

高知のホテルでテレビニュースをみると、東京足立区の少女監禁事件が報じられていた。犯人は常習癖があるらしい。

最初にこのニュースを見たときは、ジョン・ファウルズの小説「コレクター」を思い出した。この小説は、蝶の標本収集に異常な興味を抱く男が、蝶では満足できなくなり、人間の少女を誘拐監禁してしまう話である。

しかし、「コレクター」の主人公は、監禁した少女をただ眺めるだけで満足しているのだが、今回の事件の容疑者はかなりの暴行を加えていただけでなく、同時に別の女性をも監禁していた疑いがあるという。

こうしたニュースを聞くと、私は不適切な言い方かもしれないが、「マメな男だなぁ」と思ってしまう。私のような不精な人間は、他人を拘束監禁して何日も置いておくなんてことは、到底無理だ。逃げられないように手を尽くすだけで、相当なストレスになるだろうに。

ということは、この容疑者は、そうしたストレスを受けても、なお相殺して余りあるだけの相当なストレスを心の中に抱えていたと考えるしかない。そのストレスを消すために、別のストレスを引き受けていたわけだ。

むしろ、別のストレスを引き受けなければ、元々のストレスの圧迫に耐えきれなかったと言うべきか。無抵抗な女性を暴力的に支配下に置くということで相殺されるストレスというのは、一体どんなものだろう。

案外、自分の妄想の中で作り上げてしまったストレスを、自分自身が制御できなくなったということなのかもしれない。

人間の心というのは、下手すると相当にコントロールしきれないものであるらしい。

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2005年5月12日

物事の理解の糸口

私はつい最近まで、竹内結子、木村佳乃、中谷美紀、仲間由紀恵の区別がつかなかった。(ちなみに、4人の名前も、Google で苦労して確認した)

ところが昨日、一瞬にして区別がついたのである。その糸口は、中村獅童と竹内結子の結婚というニュースだった。

私はテレビドラマ、とくにいわゆるトレンディー系のものはほとんど見ないので、これまではこの 4人の女優を区別する必要に迫られていなかったのである。ただ、区別はつかないまでも、CM などで頻繁に登場するので、なんとなくごっちゃに印象されていたのだ。

ところが、今回の結婚ネタで、Goo の写真ニュースで見て、まず竹内結子が差別化された。「そうか、なんとなく韓流ドラマっぽい、いわゆる美人顔が竹内結子だな。よし、わかった!」

次の瞬間、歌舞伎つながりで中谷美紀が特定できた。「お〜いお茶」の CM を、海老蔵とともにやっているのがそうだろう。4人の中では最も韓流ドラマっぽくない「個性」を感じさせる顔立ちとして差別化された。

するとほとんど自動的に、中谷と紛らわしかった (あくまでも私の中でのことだが) 仲間由紀恵の差別化ができた。そうか、「ごくせん」とかいうドラマに出てたのが、仲間由紀恵だな。よし、これで大丈夫。

そして、最後に残ったのが木村佳乃ということになる。確か、なんとかいうクッキーの CM に出ていたはずだ。結構きれいな英語を話していたかな。帰国子女だとか。よし、これで、4人全員の区別が OK だ。

すると、今までおぼろだった 4人の顔までが、きちんと区別して思い出せるようになった。まるでドミノ倒しのように、パタパタッとけりがついてしまったのだ。

物事は、糸口さえつかむことができれば、後はあっという間にきちんと整理が付いてしまうものである。そうか、理解するということは、自分なりの糸口を発見する作業なのだな。

ひょんなことから、「理解」ということの本質を垣間見たような気がする。4人の女優の区別がついたことより、こっちの方が収穫としては大きいかな。

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2005年5月11日

自覚的にものを食う

我が家は決してベジタリアンというわけではないが、肉はそれほど多く食べない。

スーパーで買い物をすると、周囲の人たちのバスケットには、いろいろな種類の肉がどっさりと入っているのに驚く。今や肉がなければ、夕食のメニューは考えられない世の中になってしまったようだ。

「夕食の献立集」といった料理本を立ち読みしてみると、最初の方に肉料理がまとめて解説してあることが多い。それだけで半分近くのページが割かれていて、後は魚料理とパスタと野菜サラダぐらいのものだ。

私の学生時代は、肉なんてそんなに食えなかった。「サバの味噌煮定食」なんてものを食いながら肉体労働のバイトをして疲れ果て、仲間と「肉食わなきゃ、力が出ないよな」なんて話をしていた。

ところが、昨今の外食は肉だらけである。コンビニの弁当売り場を見ても、肉のないのは、蕎麦ぐらいのものだ。ベジタリアンはさぞかし困るだろう。

海外旅行で飛行機に乗ると、食事の時間には決まって "Meat or fish?" (肉にしますか、魚にしますか?)と聞かれる。そして、決まって肉料理の方が先に出払ってしまい、後の方の客は選択の余地がなくなって、魚料理があてがわれる。

私は魚の方が好きなので、安心しきっているが、肉でなければ困るという人は、気が気ではなかろう。

ところで、肉をあまり食わないようにするのは、エコロジカルな観点からも推奨されることらしい。というのは、現在の食肉用の家畜はほとんどが牧草ではなく、穀物飼料で飼育されているからだ。

穀物生産のかなり多くの部分が、人間ではなく、牛や豚に食わすために消費され、その牛や豚を人間が食う。そのようにして人間の口に入るエネルギーは、それまでに牛や豚が取ったエネルギーに比較すると、微々たるものだろう。

人間はせっかくの穀物のエネルギーを、牛や豚の段階でさんざん無駄使いしておいて、最後のお余りだけを辛うじて腹に入れるのである。もし、人間が肉食をぐっと減らして、食肉用家畜の生産を低く抑えることができれば、生産された穀物のかなり多くを人間のためにまわすことができる。そうすれば、世界の飢餓はかなり緩和されるはずなのだ。

そう考えてみると、肉食をするということは、飢えている人たちの食料を奪っているとする見方も可能である。

肉食を止めろとは言わない。しかし、多少なりとも減らすことによって、世界の食糧事情はかなり大きく変わるのだと知ることは、とても重要である。

私たちが「自覚的」にものを食うということだけで、世界は変わるのだ。知らずに犯す罪は大きい。

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2005年5月10日

オジサンたちの 「職場の飲み会偏愛傾向」

オジサンたちは、どうしてこんなに「職場の飲み会」が好きなんだろう。

JR 西日本の社員が「自粛要請」に逆らって事故の翌日に予約し、3日後に実施した「懇親会」。予約表の「JR」の文字を消すように頼んでまで、どうしても飲み食いがしたかったらしい。(参照

誤解しないでもらいたい。私はここに至ってまでしつこく JR 西日本叩きの風潮に便乗しようとしているわけではない。ただ、オジサンたちの「職場の飲み会偏愛傾向」の極端な例として挙げているのである。

まあ、私だって立派な「オジサン」であることに間違いないのだが、それでも、 「フツーのオジサン」に対しては、時々言い難い違和感を抱いてしまう。そして、その違和感要因のトップスリーに間違いなく入るのが、この「職場の飲み会偏愛傾向」なのだ。

こう言っては何だが、私は勤め人をしていた頃から、タダでさえ職場でしょっちゅう顔をつきあわせている連中と、仕事が終わってまで飲みに付き合うなんてことは、できるだけ避けたいと思っていた。

年に数回の忘年会、慰労会、打ち上げ会なんていうのなら、そりゃあ、喜んで付き合う。しかし、ちょっと遅くまで残業した程度のことで、上司に「それじゃ、一杯、行くか」なんて誘われると、ガックリきたものである。せっかく「やっとこれから自分の時間」と思っているのに。

そりゃあ私だって、興味の尽きない談論風発の酒なら、大歓迎だ。しかし、直属の上司の、いつもの聞き飽きた「中間管理職としての愚痴」と、他人の悪口と、的はずれな処世訓と、下手なゴルフの話ばかり聞かされるのは、まっぴら御免なのである。

いくらおごりだろうと、会議費の名目で落として会社の金を使おうと、嫌なものはイヤなのだ。それならば、他の気の合う仲間と自腹を切って飲む方が、ずっといい。そもそも、会社の金で飲む酒はまずい。

しかし、世の中には、「自腹を切らずに飲み食いできるなら、どこにでも付きあう」という人が結構多いのである。その酒の席での話題が、仕事の愚痴と、プロ野球の順位と、下ネタだけに終始しようと、飲み食いさえできれば幸せなようなのだ。

私はこの不思議な傾向について、どう解釈すればいいのかわからなかった。しかし、ある時ふと理解できたのである。

あの人たちは、職場の人間同士で、ややアブナイ経費の落とし方をして飲み食いすることで、ある種の「共犯関係」を結びたがっているのだ。そうすることで、社内の人間関係で孤立することを、無意識のうちに防いでいるようなのである。

要するに「共犯関係を結ぶため」の酒だから、上品な飲み方では意味がない。ある程度デレデレした下品さがなければならないのだ。酒の上の話題も、なるべく当たり障りのない下らないもので、多少は下ネタがかったものも交えなければならない。「ポスト構造主義」なんてハイブローな話題で浮き上がるのは、絶対禁物だ。

私はそうした「共犯関係」に入り込むのを、いつものらりくらりと避けてきた。職場で孤立しようと、業界内外で仲間がいくらでもいるから、不安はまったくなかった。むしろ、職場の中のべったりした人間関係に埋もれる方がイヤだった。

その結果として「会社人間」をドロップアウトし、今や「一匹狼」で生きることになった。それはとても自然な成り行きだったようなのだ。

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2005年5月 9日

ペンは剣より強いのに

今でこそ私は妻と娘たちから「お父さん、もう少し痩せてね」と言われる毎日だが、30歳代までの体重は 60キロ台前半で、紛れもない「やせ形」だったのである。

それが40歳を超えてから 70キロ台となり、今では必死に節制して、辛うじて 80キロにはならずに済んでいる。

40歳前後の体重が急増していた頃、久しぶりに会う人は、私に対して異口同音にこう言っていたものだ。

「近頃、ちょっと太ったんじゃない?」

そう言いたくなる気持ちはよくわかる。久しぶりに会う私の顔がちょっとふくよかになっていて、ウェストだってちょっと太くなっているようだ。つい口に出して確認したくなるのも人情というものだ。

確かによくわかる。それに、そう言う人にとっては、それはただ一度きりの話だし、ちょっと言ってみただけのことである。

しかし、言う人にとってはただ一度きりの軽い気持ちであっても、会う人ごとに同じ事を言われる私にとっては、軽い気持ちでは済まない。毎日毎日、同じ事を言われるのである。なまじ自分でも 「やばいな」 と思っているだけに、言われる度に、少なからず気分が滅入った。

「太ったんじゃない?」程度では、気分が滅入る程度で済む。しかし、かなりの不祥事を起こし、自分でも相当堪えているのに、さらに周り中に口を極めて罵られたら、そのストレスはかなりなものだろう。

ここまで読んでいただいたら、私が何を言おうとしているか、ご理解いただけると思う。

JR 西日本の首脳は、十分に「やばいな」と思っているはずだ。それに対して、各マスメディアがそれぞれ独自に、口を極めて同じような罵倒を繰り返す。

罵倒する方は、腹に据えかねて、「一つ、言ってやらねば収まりがつかない」とばかりに罵詈雑言を浴びせるのだろうが、言われる方は、「一つ」では済まない。何百回、何千回となく繰り返されるのである。

過去に企業の不祥事が明るみに出ると、多くのケースで自殺者が出た。むべなるかなである。

言う方にとっては一度きりでも、言われる方にとっては袋叩きなのだ。

コンラート・ロレンツ著「ソロモンの指輪」は、動物行動学に関する興味深い話をまとめた本である。その中の「モラルと武器」という章はよく知られている。それは大体次のような話だ。

オオカミは争いになっても、相手が負けを認めて首筋を差し出せば、自然に抑制が働いて、それ以上攻撃することができなくなる。ところがかごに入れられたハトは、争いが起こると、相手をなぶり殺すまで攻撃に歯止めがかからない。

平和と正義を愛し、庶民的良心の代表のような顔をしたマスコミというのは、案外やっかいな存在だ。「ペンは剣より強し」と言いながら、そこにはなぜか「武士の情け」が働かない。

どうも、持ち慣れないものを持ってしまったようなのである。

なお、INSOMNIA CAFE の 「JR西日本記者会見で暴言を吐く記者への抗議が殺到!」 にトラックバックさせていただきました。

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2005年5月 8日

JR 西日本の自浄作用の評価

昨日、JR 西日本の事故以後のマスコミの報道姿勢に疑問を呈したのだが、同じように感じている人はかなり多いようだ。

例の「ボーリング大会」や「ゴルフコンペ」など、せっかく自ら正直に公表しているのに、叩くばかりでその「自浄作用」の萌芽を評価する報道はほとんどない。

このところ、JR 西日本は記者会見で自らの汚点を率直に発表している。ボーリング大会後の二次会参加人数など、細かいところで二転三転しているようだが、基本的にこの姿勢は社内の諸問題の改善に向かう第一歩として、少しは評価されてもいいと思うのだ。それが報道に携わる者の「見識」というものだろう。

一連の「チョンボ」は、本来ならば隠しておきたい汚点のはずだが、わざわざ記者会見を開いて公表している。発表の中身は情けないが、発表しようとする姿勢は非難されるべきではない。

これはリスク・マネジメントの基本である。とぼけていて後でバレて叩かれるのと、どっちがダメージが大きいか考えてみればわかる。こうしたことは必ず後でバレるのだから、自ら調べて先に公表する方が誠実さをアピールできる。

事故直後の段階で、レールの置き石が直接の原因ではないかとほのめかすような軽率な発表をした同社が、ここまでまともな対応を取るようになったのは、リスク・マネジメントの専門家がついて助言をしているのだろう。これはほぼ確実なことだと思う。

それを単なるその場しのぎの付け焼き刃に終わらせるか、問題改善の第一歩にできるかということには、マスコミの報道も少なからず影響を与えるだろう。

不祥事が発表される度に、待ってましたとばかりにヒステリックな叩き方をしても仕方がない。「こうした自浄作用の萌芽を、今後の社内改善にまで高めてもらいたい」とコメントする方が、ずっと望ましいプレッシャーをかけられるではないか。

「正直者が馬鹿を見る」ということにはして欲しくない。JR 西日本が今ようやく「正直者」になろうという姿勢だけは示しているのに。下手したら、またお定まりの自殺者が出てしまうではないか。

そうでなくても、「我こそは 120%の正義」みたいな顔をして他人を罵るのは、あまり品性のいいものではない。批判には、同時に自らを諌める作用をも持たせたいものだ。

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2005年5月 7日

JR西日本と我々の「業」

近頃のマスコミの「JR の重箱の隅つつき報道」に疑問の声をあげているブログがいくつかある。正常な感覚だと思う。

例のボーリング大会開催にしても、冷静に考えれば法律的には何の問題もない。それでは何が問題なのかというと、「常識」というレベルのことなのである。

常識に反しているというだけでは、第三者はそれを裁くことはできない。確かに呆れてしまいはするが。

会社が大事故を起こして、死者の数も刻一刻と増え続けているその真っ最中にボーリング大会をして、二次会から果ては四次会にまで繰り出すなどというのは、確かにいわゆるフツーの民間会社では考えられないことだろう。

この辺りも、一昨日に論じた「最悪のリスク・マネジメント」の一環と言えば言える。

しかし、記者会見でそのことについてまるで鬼の首でも取ったように責め立て、あげくトップ記事にしてしまうというのも、どうかと思う。ボーリングに行った 40数名が現場に駆けつけたところで、救助作業にそれほどの助けになったとも思われない。それにマスコミだって、これまで関係者の神経を逆なでするような非常識をさんざんしてきているわけだし。

少なくともボーリング大会については、正義を笠に着て声高に責め立てるというよりは、「悲しみに沈む人もいるんだから、あまりはしゃいだら世間が何というか、ちゃんと考えろよな」と、そっと言ってやるべきことだ。これ以上、必要以上に遺族の感情を逆撫でしてどうするのだ。

だから一昨日の当コラムでも、ボーリング大会のことについては第一報を聞いてはいたけれど、一言も触れなかった。まさか、トップ記事になるとも思わなかったし。

ボーリング大会後の二次会にしても、「多人数のキャンセルは困難だった」という都合のよすぎる免罪符で、「キャンセル料を払うぐらいなら、いっそこの際、ちゃんと飲み食いしてしまえ」とばかりになだれ込んだわけだが、これをきちんと非難できる人がどれだけいるか。

自腹を切らずに飲み食いするのを最高の楽しみと思っている人は、世の中にかなり多い。そんなチャンスを逃すのを一生の損のように思う人も少なくない。今回の二次会も互助会とやらの金で「飲み放題コース」だったというから、さぞかし諦めきれなかったのだろう。

一昨日のコラムでは、いざという時「人は保身に走る」と書いたが、そこまで気が至らないケースでは、「みみっちい欲得」に走る。だから大事故を知りながら、人は飲み食いを諦めないのである。

悲しいまでの「業」を背負っているのは、JR 西日本の社員ばかりではない。せめて、自分はあさましい姿をさらさないように気を付けようと思うのである。

なお、以下のブログにトラックバックさせていただいた。

水沫日記(みなわにっき)その2 「オーバーランが頻発しているのは分かるけど
カフェ・ヒラカワ店主軽薄 「奇妙な記者会見
流れるものと残るもの 「オーバーランを見つけるのがマスコミの仕事?
INSOMNIA CAFE 「ドブに落ちた犬をたたく卑怯な日本人

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2005年5月 6日

子どもの日とジェンダーフリー

去年の今頃も書いたのだが、本来は男の子の節句だった「端午の節句」をあっさりと「子どもの日」としてしまうことに、世のジェンダーフリー論者は、異議を唱えなくていいのだろうか。

女の子の節句である 3月 3日の「桃の節句」は切り捨てていいのだろうか?

あれだけ細かいところにイチャモンをつけたがるジェンダーフリー論者である。どうして、男の子の節句が国民の祝日なのに、女の子の節句が無視されているのかと、異議を唱えてもいいではないか。

そう思っていたら、実はそこにはちょっと事情があるらしいとわかった。男の子の節句と女の子の節句が分けられていること自体が、ジェンダーフリー論者にはそもそも気に入らないようなのだ。彼らの中には、子どもの日やひな祭りそのものを廃止すべきだという意見があるらしい。

ひな祭りは、「女の子は女の子らしく」 という思想を強制するものとして、気に入らない。そして、子どもの日は、元々が端午の節句なので、「男の子は男の子らしく」 という思想を強要することにつながるという理屈だ。

しかし、ここに単純には反対しにくい複雑な事情が発生してしまっている。現代においては、「端午の節句」は「子どもの日」となってしまっていて、この点においては、既に 「ジェンダーフリー」 なのである。

しかしその背後には「男の子」こそを「子どもの代表」として位置付けたという思想が窺われる。「子どもの日」を制定するのに、何の疑いもなく男の子の節句である 5月 5日ということに決定し、3月 3日にしなかったということ、そのこと自体が、女性蔑視であることになる。

男の子の土俵に女の子を上げておいて、それで一緒くたに「子どもの日」としているのだから、勝手と言えば勝手である。クレームを付けようと思えばいくらでもつけられる。

ジェンダーフリー論者ならば、いっそ中を取って「4月 4日を子どもの日とすべきだ」との声を上げてしかるべきではなかろうか。その上で、桃の節句と端午の節句を廃止せよということにするのである。

しかし桃の節句と端午の節句は、伝統的な国民生活にしっかりと根付いてしまっている。法律的な制度ならば廃止もできようが、こればかりは「不文律」なのだから、廃止は難しい。

それに、5月 5日が祝日でなくなると、ゴールデンウィークが形成されにくくなる。これには国民がこぞって難色を示すだろう。

というわけで、この問題は、さしものジェンダーフリー論者も気軽にはイチャモンを付けにくいことになっているのではないかと、察しているのである。

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2005年5月 5日

JR 西日本の最悪のリスク・マネジメント

組織というものは、何かヤバイことが起きるとその中の各段階でバラバラに保身に走る。その結果、取引先や顧客を最悪な形で裏切ってしまう。

そんな例は雪印事件などでもさんざん見てきたが、今回の JR 西日本も例外ではないようだ。

JR 西日本は、まず発端となったオーバーランの距離を、運転士がごまかして報告させようとしたようだ。その結果、自らに余計なプレッシャーを与えてしまい、スピードの出し過ぎ、カーブ直前でブレーキをかけるタイミングを逸したことにつながったのかもしれない。

会社首脳は最初の記者会見で、さも線路に置き石があったことが直接の原因であったかのような印象を与えようとした。その結果、逆に責任回避の姿勢と受け取られかねないことになった。

さらに、後からいろいろ細かいミスが報告されている。事故車両に乗り合わせた運転士が、被害者救出を放棄して職場に向かったこと。その際、携帯電話で報告を受けた上司が適切な指示をしなかったこと。その上、当初は携帯電話での報告を受けていなかったかのように取り繕う発表していたこと。

ダメ押しのように、事故車両の車掌に速度の出し過ぎの認識がなかったと報告するように強要していた疑いまで浮上してきた。(参照

これらのお粗末さに対して、世論はかなり批判的になるだろう。しかし自分の勤務する会社がもし何かやらかしてしまった場合、理想的なリスク・マネジメントを講じることができるだろうかと、考えてみるといい。

自分は決して保身に走らず、冷静に事態を見極めた対処をすることができるという自信があるだろうか。

企業として、きちんとしたリスク・マネジメントのポリシーを徹底していない限り、それは無理だろうと思う。こうした場合、個々人の良心というものは簡単に麻痺してしまう。それを麻痺させないように保証するのは、企業のシステムである。

リスク・マネジメントの ABC は、ごく単純なことである。各段階で勝手な対応を取らず、トップが全ての責任を負い、指揮を執ること。そしてすべてをきちんと調査して、トップ自ら正直にそれを世間に公表することだ。こんなことは、いっぱしの企業ならばちゃんと学んでいるはずなのだ。

学んだことが生かされないことの方が多いのは、せいぜい代々の総務課長クラスがおざなりにリスク・マネジメント・セミナーに参加するだけで、会社全体の共通認識にまでしていないところが多いからである。それは、誰もリスク・マネジメントの重要性を真に受けていないことから来る。

リスク・マネジメントの基本は、まず「真に受ける」ことから始まる。

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2005年5月 4日

言葉のインフレ

最近気にかかっている言い回しに「是非是非」というのがある。「是非おいでください」と言えばいいところを「是非是非おいでください」などと言う。

「是非」を強調したいなら「是非とも」という言い方がある。「是非是非」というのは「なんだかなあ」という気がする。

業界関係のパーティなんかで、いい年をして「次回のイベントにも、是非是非おいでください」なんて、もみ手しながら挨拶するオッサンがいるが、ほとんどの場合、いかにも喧嘩が弱そうな印象である。びしっとしないのである。

「是非是非」と繰り返すのは、多分、テレビ・ラジオの電波系から広まったのだと思う。少なくとも、活字系ではまずこんな繰り返しはしない。軽薄な印象はこんなところから来るのだろう。

しかし、最近ではウェブサイトが「是非是非」という言い回しに浸食され始めている。試しに Google で検索してみると、「是非是非」が約 435,000件、ひらがなの「ぜひぜひ」に至っては、約 1,040,000件ヒットした。合わせて 150万件近い。

ざっと覗いてみたところ、用例で圧倒的に多いのは、「ぜひぜひコメントしてね」という類である。すごいなあ。私ならコメントを書いてくれと頼むのに「ぜひぜひ」なんて図々しい言い方はできない。せいぜい「よろしければ」 ぐらいのところだ。

ところで、「是非」 というのは名詞としての意味と副詞としての意味の二通りがある。名詞としては、 「良いことと悪いこと」という意味があり、「ものごとの是非をわきまえる」なんて使い方をする。

ここで問題にしているのは、副詞としての用法で、「どうしても」という意味である。本来の意味は「是が非でも」ということだった。「良いことが悪いことにひっくり返るぐらいのことがあっても」ということで、要するに、「何がなんでも」という意味だ。

そのくらいに強い意味なのに、「コメントしてね」程度の希望に、それを二度も繰り返さなければならないほどの必然性があるとは、どうしても思われない。

近頃は、単に言葉にリズム感を加える程度の軽い意味で「是非是非」が使われているようだ。甚だしくは、「是非」という普通の言い方ができなくなって、ほとんどオートマチックに「是非是非」になってしまう人もいる。

言葉に込められた意味が、どんどん薄まってきている。言葉のインフレである。人間は言葉で考えるから、それは思考のインフレでもある。煎じ詰めれば、頭の中身が安っぽくなってきているのである。

言葉のインフレにブレーキをかけるためにも、私としては「是非是非」は使いたくないと思っている。

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2005年5月 3日

常磐線の呑気さ歓迎だが

JR 宝塚線の事故に関する報道で、この路線のダイヤはタイトロープを渡るようなギリギリのものだったとわかってきた。

一方、我が JR 東日本の常磐線はかなり呑気な運行状況で、「かえって安全かも」と安心していたのに、2日に、なんと 170m ものオーバーランが発生していた。

私は、快速電車の終点となる取手駅から始発の上野駅まで常磐線を利用する。ほぼ 40分かかるのだが、時刻通りに到着しないこともかなり多い。上野駅のホームが一杯だったり、後続の特急の待ちあわせ時間が延びたりして、1分から 2分ぐらいは平気で遅れる。

JR 西日本は秒単位の運行管理を行っているそうだが、常磐線に関しては、それほどタイトなことはしていないと思われる。なにしろ、「後続列車が遅れておりますので、時間調整のため 2分ほど停車いたします」なんてことはしょっちゅうだ。乗客の方も慣れたもので、大した文句も出ない。

「定刻通りに着きたかったら、10分早く家を出ればいい」なんて笑ってるような乗客が多いのである。多分、大阪近郊では通らない論理かもしれないが。

昨日も、常磐線沿線の友人たちと、「常磐線呑気歓迎説」について語り合っていた。

「常磐線は2〜3分の遅れなんか、まったく平気だよね」
「10分以上の遅れでないと、遅れと思ってないみたいだね」
「最近までは、『時間調整のため 2分停車』 なんて聞くと、『またかよ』 と思ってたけど、あの事故以来、このくらい余裕持ってる方が安心だと思うようになったね」
「死ぬよりゃ、1分半遅れる方が、ずっとマシだものなあ」

ざっと、こんなような話をしていたばかりなのである。そこへもってきて、170m のオーバーランというニュースである。JR 宝塚線の事故の翌日には、踏切でトレーラーとの衝突事故なんてこともあったし、呑気でさえあればいいということでもないようだ。

でもまあ、オーバーランしようとも、事故にならなければそれでもいいや。常磐線の乗客は、物わかりは案外いいのである。

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2005年5月 2日

熟年離婚危険度などなど

ニュースサイトからのリンクで飛んだところが、「熟年離婚・危険度チェック」というページだった。試しに 15の設問に答えて、ボタン・クリック一発で結果を見ると、私の熟年離婚危険度は、6%だった。

他にも「自立度」「長生き度」など、いろいろな項目があるのでチェックしてみた。

シニアルネサンス財団という団体のサイトである。団塊の世代もそろそろ還暦にさしかかったので、この方面の情報が必要になってきているのだろう。私は団塊の世代には紙一重で属していないと思っているのだが、戸籍上の年齢だけをとってみれば、まんざら他人事でもなくなりつつある。

ところで、6%という離婚危険度は、かなりいい数字のようである。「妻を自由にさせていらっしゃる様子、なかなか理解のある夫」ということのようだ。その分、こっちもずいぶん自由にさせてもらってるから、信頼関係ということだろう。

「自立度」の総合評価は 73%と出た。「個性的で、何事が起きても常に自分流に切り抜ける自信をお持ち」ということのようだ。まあ、これまでも切り抜けてきたから、これからも大丈夫だろうぐらいの気持ちはある。

自立度をより詳細にみると、「生理的並びに安全への欲求における自立度」が 60%、「社会生活・人間関係における自立度」が60%と、恥ずかしながら、たいして高いものではないが、「自己実現への欲求における自立度」が 100%なのだそうだ。かなり片寄っている。

サイトの「毎日更新」が続いているのは、案外、このあたりの特性の所以かもしれない。

「長生き度チェック」では、「このままの生活を続けていけば、あなたの寿命は89歳でしょう」と出た。死ぬ直前までボケなければ、21世紀の中盤まではサイトの「毎日更新」ができそうだ。定連さんには、よぼよぼになるまで、長い付き合いを覚悟していただきたい。

それから、「パソコン相性度」は 50%だそうである。パソコンを使わなければできない仕事で金を稼いでいる割には、思いの外低い数字だが、私は決して「パソコンが好き」というわけではないので、妥当なところかもしれない。仕事に必要で、他に選択の余地がないから、結果的に習熟してしまっただけだ。

最後に気になる数字。「隠れ肥満度」も 50%だそうだ。これは何とかして下げたいものである。

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2005年5月 1日

蛙と環境

筑波の里の田んぼという田んぼには、水が張られて、春の空を映している。既に田植えも進みつつある。

この土地は、日本中の蛙の本拠地みたいな言われ方をする所だけあって、この季節、夜になると蛙の声が一斉に響き渡る。しかし、不思議に耳障りではない。

日本の国は水の豊富な風土に恵まれているので、太古の昔から蛙の鳴き声が高らかに響いていたのだろう。この鳴き声をうるさがるようでは、ストレスがたまって仕方がない。

だから、日本人の DNA の中には、「蛙の声を気にしない」という情報がしっかりと受け継がれているのではあるまいか。ふと気が付くと、周囲に満ち満ちている鳴き声が、普段は「聞こえない音」として脳内処理されているようなのだ。

「聞こえない音」というのは、便利なものである。秋になって虫の声が鳴り渡るようになっても、きちんと「聞こえない音」として処理されて、安眠妨害にならずに済む。これが「騒音」として聞こえるという西洋人は、さぞかしストレスだろう。

前夜に寝るのが遅くなって、朝寝坊をしたい時というのは、窓の外の小鳥の鳴き声も、きちんと「聞こえない音」になっている。ところが、同じ鳥でも、カラスの鳴く声はうるさく聞こえてしまう。波長にどこか決定的な違いがあるのだろう。

ところで、さしもの筑波の里も、年々蛙の鳴き声が小さくなってきている。最近、世界中で蛙の減少が目立っているらしい。一昨年の 7月にも書いたのだが (参照)、これはどうやら紫外線の影響が大きいらしいのだ。

カエルは毛がなくて皮膚がむき出しなので、さぞかし紫外線によるダメージが大きいだろう。日のあるうちは、せいぜい何かの葉っぱの影にでも隠れていてもらいたい。

ただ、今年はなんとなく去年よりも蛙の声に元気のあるような気がする。少しは環境破壊にブレーキがかかってきているということだろうか。そうだとしたら嬉しいのだが。
 

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