「こだわり」 を巡る冒険
「素材選びからこだわった味の追求」なんてことを売り物にしている店があったりする一方で、「こだわってなんかいるうちは、まだまだだ」なんて喝破する人がいたりする。
「こだわり」という言葉に関しては、とてもいい意味で使う人と、どちらかといえば低レベルの意味と受け取る人がいて、おもしろい。
「こだわる」という動詞を Goo 辞書(三省堂「大辞林」)にあたってみると、次の 4つの意味が表示される。
- 心が何かにとらわれて、自由に考えることができなくなる。気にしなくてもいいようなことを気にする。拘泥する。
- 普通は軽視されがちなことにまで好みを主張する。
- 物事がとどこおる。障る。
- 他人からの働きかけをこばむ。なんくせをつける。
本来の意味は「1」で表示されていることで、どちらかといえば、あまりいい意味ではなかった。「3」と「4」の意味を見ても、それはうかがえる。
ところが、最近になってにわかに 「2」の意味が台頭してきて、「こだわりの店」なんてものが増えてきたのである。言葉は生き物という証しである。
とはいえ、「弘法筆を選ばず」 というように、「こだわり」のあるうちは本当の本物の一歩手前なのである。そして、本当の本物の域に達するには、やはり「徹底的にこだわる」という段階を経なければならないもののようなのだ。
日本の芸事では、よく「習うてそれを忘れよ」などという。基本を徹底的に習い、身に付け、その上で、そこから離れて自由になった者が、名人、達人なのである。
仏教でも、菩薩は三十三身に身を変えて、衆生救済のためには地獄の底まで降りていくなどと言われている。いくら衆生救済のためとはいえ、地獄の底まで身を落とすのは、さぞかし苦痛なことだろう。しかし、菩薩ともなると、そんなことにこだわらず、どこまでだって行くのである。
ところが一方では、「こだわりなんかもっているうちは、まだまだだ」なんていう人は、実は「こだわる」という言葉の悪い方の意味に「こだわっている」ことが多い。自家撞着である。
突き詰めて言えば、「こだわる」だの「こだわらない」だのいうことに対する「こだわり」さえ捨てなければならず、さらに、その「こだわりを捨てる」ということにすらこだわらないという、絶対自由の境地こそが、本当の本物である。
そんなことを言いながら、どうでもいいような細かいことにこだわったりしている自分がここにいるわけだが、まあ、「本当の本物」への長い旅路の一里塚と思って、そのことを云々することには、あまりこだわらないことにしよう。
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コメント
こんにちは。
以前にも言葉の話で訪問させて頂きましたが、またまた…
いやはや、この豊富な品揃えには驚きです。
この言葉も面白いですねぇ。
これらの使い分けの根底には、やはり
価値観は統一されるべきものと見るのか、
それとも多様性こそ面白さの源だと見るのか、
そういった姿勢の違いが存在するように思えます。
言い換えるなら、無駄というものをどう捉えるか、でしょうか。
「どうでもいい事を気にしやがって」と耳タコで言われ続け、
その度に「いやー、それほどでも」と返してしまう私にとって、
1と2の意味を区別するのは難しいものがあります。
思えば、昔は○○キチなんて表現もありましたが、
悪い意味の言葉で評価されても喜ぶ人種って、
これはもう恐らく、古代からずっと存在したんでしょうね。
「こだわり」という言葉にしても、
良い意味、悪い意味、と分ける事自体あまり意味は無いのかもしれません。
ああ、なんか確信犯という言葉にも似た構図があったような…
言葉について考え始めると、終わりがありませんねぇ。
投稿: m2 | 2008年5月13日 06:42
m2 さん:
>良い意味、悪い意味、と分ける事自体あまり意味は無いのかもしれません。
そうかもしれませんね。
「良い意味、悪い意味」 というよりも、「魅力的な文脈での用法」 と 「やな感じの用法」 というのがあるんだと思います。
投稿: tak | 2008年5月13日 10:59