「リアルさ」 と 「様式美」
二泊三日で実家に帰り、いつもよりずっと余計にテレビの前に座ってしまった。
面白かったのは、9月 2日、NHK 衛星第 2 の映画「大江戸七人衆」、そして、NHK 総合の「秘太刀馬の骨」だ。前者は昭和 37年、東映黄金時代のチャンバラ映画、後者は藤沢周平原作の渋い時代劇である。
「秘太刀馬の骨」から触れよう。この作品は、謎の秘剣「馬の骨」を探るために、人間心理を穿ちながら、主人公が何人かに木刀での勝負をしかける。その勝負の中で、幻の「馬の骨」が繰り出されるのを待つのである。
それだけに、殺陣は微妙なリアルさが要求される。斬り合いというより木刀での「叩き合い」であるだけに、ゴツゴツとした体感表現を狙っているのだとわかる。苦心の殺陣である。
一方、 「大江戸七人衆」の殺陣は、あくまでもお約束の様式美。しかも、大御所、市川右太衛門、大友柳太朗を始めとする時代劇豪華キャストだけに、いかにも手慣れた名人芸である。
この二つの時代劇を見比べて、唐突だが、私はプロレスの限界を悟ってしまった。
というのは、殺陣として見比べると、どうしても「大江戸七人衆」の様式美の方がずっと見応えあるのである。これは力道山である。
一方、 「秘太刀馬の骨」は、現代的な感覚でリアルさを表現しようとしているが、一方で感情的な「ストーリー」をも絡めなければならないだけに、ややもすると「演出意図」が見えすぎてしまうときがある。「リアルさ」を追求すればするほど、「作り物」が見えてしまいかねない。
「リアル」な闘いを見るならば、「プライド」か「K-1」になってしまう。「感動のストーリー」を見るならば、本来はプロレスなのだが、そのプロレスが妙に「リアル」さに色目を使ってしまっていて、消化不良を起こしている。
ならば、思いっきり「様式美」のプロレスに先祖返りしてしまうというのは、どうか。
いや、それはダメだ。力道山プロレスは、ノスタルジーの目で見るからいいのである。「大江戸七人衆」が「黄金時代のチャンバラ劇」として見るからいいのと同じことだ。要するに「骨董品」なのである。
プロレスは伝統芸能として存続するわけにはいかない。それならば、藤沢周平ばりの人間心理を穿つストーリーを「リアル」に表現しなければならない。プロレスラーは、名役者になる必要があるのだ。
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