日本はそんなに狭くない
「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」 という標語が、一時とてももてはやされた。
最近は、「エスカレーターを駆け上がる人のために、ステップの片側を空けておく必要なんかない」と言う人もいる。「せかせかせずに、ゆったりと行くのが、人間としてエレガントなのだ」というメッセージである。
似たようなメッセージはいくらでもある。新幹線がスピードアップする度に、「たかだか 10分や 15分早く着いたところで、どうなる。それよりも、窓を開けて駅弁を買いながら旅する風情が懐かしい」という人は、今でも多い。
その気持ちはよくわかる。私だって、できればあくせくせずに、何事にもゆったりと構えて生きていたい。しかし世の中、なかなかそうとばかりは行かないのだ。急がなければならない時には、何としても急がなければならない。
上述のエスカレーターに関する意見は、某ラジオ番組で聴取者からの投書として紹介されたものだ。その投書は「駅のホームのエスカレーターは、体の弱い人のためのもので、元気な者が急ぎたかったら、階段を駆け上り、駆け下りすればいい」というものだった。
この投書をした人は、電車 1本の差を争うほど、一刻も早く目的地に着きたいという、切羽詰まった事情を経験したことのない人だろう。ある意味、幸せな人である。
人間、幸せすぎると、例えば親の死に目に会いたくて、1本でも早い電車に飛び乗りたいと願う人が、同じエスカレーターに、行く手を阻まれて絶望的にいらいらしながら乗り合わせているかもしれないなどという想像力が、まるで働かなくなるのだろう。
ゆったりと行くのがエレガントなことであり、自分は何が何でもエレガントにこだわりたいと言うなら、いくらでもゆったりと行けばいい。しかし、急ぎたい者には、それなりの事情がある。ならば、急がせてあげればいいのである。
自分がエレガントでありたいがために、急ぎたい事情のある他人の道までふさぐのは、アロガント(傲慢、横柄)な態度である。
「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」というが、そもそも、日本はそんなに狭い国ではない。身内の危篤の知らせを聞いて、東京から新幹線に飛び乗る者に、そんなことは口が裂けても言えまい。
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コメント
うまく言えないけど、なんだか愛のある文章ですね。しみじみ。
投稿: 山辺響 | 2006年1月24日 10:17
山辺響 さん、しばらくです。
時々ブログ拝見してます。
>うまく言えないけど、なんだか愛のある文章ですね。しみじみ。
え?、そ、そうですか? ドギマギ ^^;)
投稿: tak | 2006年1月24日 14:30