もし、全能の神だったら
一昨日のエントリーで、「全能者(要するに 「神」)を否定するロジックに対する反論」というテーマから、少し話を広げてみた。
「全能ならぬ人間は "全能の神" を試すことはできない」という前提からの展開だったのだが、もうちょっとくだけた視点から遊んでみてもいいような気がしてきた。
念のため、話の行きがかりを改めて記しておこう。全能者の否定とは、以下のようなロジックである。(「秋久のページ」 より要約)
まず、全能者がいると仮定し、彼に「絶対に折れない棒を作ってください」と頼む。彼は全能だから、「絶対に折れない棒」を作ってくれたとする。次に、彼に「その棒を折ってください」と頼む。
もし彼が棒を折れば、最初の条件「絶対に折れない」と矛盾し、棒が折れなければ、彼の「全能」と矛盾する。棒が折れても折れなくても、矛盾が生じるので、全能者は存在し得ない。
今回は、「もし自分が全能の神ならば」という滅茶苦茶に不遜な条件で、こんなお馬鹿なことを言う人間にどう対応するか、考えてみた。以下、神ならぬ者のお遊びである。
- 「今、お前らの世話で忙しいから、後にして」 と言って取り合わない。
- 「よくそこに気付いたね」 と誉めてあげて、あとはウヤムヤにする。
- 「お前如きがそんなことを言うのは、一千那由多年早い!」 と一喝して、ドツく。
- 「哀れな子羊よ、目に見えるモノは、全て夢マボロシじゃ」 とうそぶいて、煙に巻く。
- 「何で全能の神のわしが、お前らの世迷い言にいちいち付き合わなければならんのじゃ!」 とキレて見せる。
- 「仮定の上になりたった話は、気に食わん!」 と宣言して、相手にしない。
- 「わしが 『折れてる』 と言ったら、折れとらん棒でも、折れとるんじゃ! それとも、指ツメる?」 と、めっちゃ強面に迫る。
- 「折って見せてもいいが、それは、お前たち人間が到底生存できない次元に行かなければならない。それでもいいか?」 と、逆に脅す。
- 「"根元的全能" は、ちゃちな "論理的絶対" を超越するのじゃ!」 と、軽い気持ちでポキンと折ってしまう。しかし、それは人間の目には折れているように見えないので、「折れてないじゃないですか」とクレームを付けられるだろうが、その時は 「愚か者め!」 と一喝して、それで済ませてしまう。(これは、前項のロジックの裏返し)
- 「絶対に折れない棒」 なんていう考えを、強制的に忘れさせてしまう。
- そんなアホなことを考えないように、人間の頭脳から大脳を取り去る。(「バベルの塔」の時よりも酷い仕打ち)
- 「お前らも "全能" とはどんなものか、体験してみればわかる」 と言って、人間にも全能を与えてしまう。そして、人間どもがそれをもてあまして難儀するのを見て楽しむ。
と、以上のようなことを考えてみたが、他にもアイデアがあったら、コメント欄に書き込んでいただきたい。あるいは、大々的に展開する場合は、トラックバックでどうぞ。
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コメント
こんなに拓明さんがアイデア出してくださって、何か答えを出したいんだけど、頭が動きません。若いとき教会の中で議論もしていたけど、所詮は日本人。葬式仏教、教会の結婚式、七五三の神社で、私の宗教観はもしかするとミックスナッツみたいになっています。あえていえば8かしら。
そしてミックスナッツの頭で、今日これから早稲田の穴八幡に例年のお札をいただきに行って来ます。美味しい天丼が目的です。本当に見当はずれの回答でごめんなさい。
投稿: 豊田恵子 | 2006年1月28日 10:37
「全能とは既存の法則すべてを超越することである。であるから、私が絶対に折れない棒を折るとき、全能たる私は絶対に折れない棒を作った時点での法則、すなわち『絶対に折れない棒は絶対に折れない』という法則をも超越しているのである」と言い、事もなげに折る。
しかし那由多って・・・。宇宙どころかこの世すら存在してなさそう。
投稿: hrk | 2006年1月28日 21:04
豊田恵子さん:
>あえていえば8かしら。
うぅむ、これって、ある意味、常識っぽかったかもしれませんね。
>そしてミックスナッツの頭で、今日これから早稲田の穴八幡に例年のお札をいただきに行って来ます。
おぉ、「一陽来復」 ですか。
節分に貼るんですね。
投稿: tak | 2006年1月28日 21:38
hrk さん:
うぅむ、筋が通ってる! さすが、神様。
後で思いついたんですが、「棒に付与された 『絶対に折れない』 という属性をオフにしてから、あっさりと折る」 ってのもありそうですね。
投稿: tak | 2006年1月28日 21:41
■ふたつめの望みを言われた時点で、
「あー、あんたが全能の神を使うチャンスは2回だけなんだよねー。」
と、いきなり回数制限をする。
そして、おもむろに・・・
「かっこよくならなくていい?お金いらない?」
とか、足元を見た問いかけをする。
それでも相手が引き下がらなかったら、そいつを全能の神に
してしまう。そして
「だったら、あんたがやってみてよ!」と切れる。
■折れない棒を素直に作る。
言われるままに、折れない棒を折る。
矛盾を指摘されたら・・・
「その場、その場で全力を尽くしているんだ!」と言う。
でも、折れない棒は作れなかったじゃないかと言われたら
「確かに少し前までは折れなかった・・・
だが、日進月歩、この世界は努力なしには、やっては
いけないんだ!全知全能って、そういう事なんだ!」
と言い張り、感動の渦に巻き込む。
■折れない棒を振り回し、暴れまくって、人間を退散させる。
・・・下らないことしか思い付かないε-('д` )
哲学的なのは思い付かない性分です。
投稿: kumi | 2006年1月29日 03:32
kumi, the Parthgirl:
>哲学的なのは思い付かない性分です。
2番目のアイデアは、十分哲学的じゃん!
でも、最初のアイデアが座布団 2枚かも。
投稿: tak | 2006年1月29日 18:46
面白い話題ですね。
そもそも全能って何だというところを考えるのがミソのような気がします。
私も考えて記事を書きましたが、トラックバックが飛びません・・・
お暇ならいらして下さい。
投稿: まぎ | 2006年1月29日 19:21
まぎ さん、ようこそ。
行ってみました。
コメントは、そちらの方に書きましたので、
皆さんもどうぞ。
http://dochite.cocolog-nifty.com/dochite/2006/01/post_ad77.html
投稿: tak | 2006年1月29日 21:11
「絶対に折れない棒」を作り、「ではその棒を折ってみてください」と請われて困る神……という設定は、人間も神も同じ時間軸のもとで存在しており、時間の流れは神にとっても不可逆である、ということを前提としているように見えます。
つまり、この神は、「絶対に折れない棒」を作った(あるいはこの棒は絶対折れないと保証した)という「過去」の行為に縛られているわけです。かように時間軸に縛られた存在は、全能の神と呼ぶに値するものではないでしょう。
したがって、全能の神があえて人間に付き合うならば、
1.「ではその棒を折ってみてください」と言われた時点で、時間を「絶対に折れない棒」を作った時点より前に戻してしまう。
2.「ではその棒を折ってみてください」と言われた時点で、「私はすでにこの棒を過去に折り、この棒はすでに折れている」と完了形で語る(禅問答版)。
のいずれかで対応するのではないかと。
投稿: 山辺響 | 2006年1月30日 13:26
山辺響さん:
全能の神は、時間の不可逆性にも縛られないというのは、なるほど、きちんと前提としておかなければなりませんね。
時間を自由に行ったり来たりする
「絶対に折れない」 ということを、相対化してて、単に属性の一つとして捉えてしまい、その属性を 「オフ」 にしてしまう (これ、私がコメント欄で述べてます)
この 2点は、神があえて人間に付き合ってあげるとすれば、有効な方法論かもしれません。
神でないと、できないことでしょうしね。
投稿: tak | 2006年1月30日 18:26
ご足労ありがとうございます。
TBは相変わらずです。
時間遡行のプランは私も考えましたが、先入観(?)というのは厄介なもので、タイムパラドックスなるSF知識(適当な表現ですが)が私の邪魔をしました。
はたして時間を戻した場合、人間は神様に依頼したことや、神様が一度は棒を作ってくれたことをきちんと認識できるのかと。
神様は全能なのだから、タイムパラドックスをも超えるのかもしれませんがね。
投稿: まぎ | 2006年2月 5日 19:51
まぎさん、どうもです。
>はたして時間を戻した場合、人間は神様に依頼したことや、神様が一度は棒を作ってくれたことをきちんと認識できるのかと。
なるほど、その疑問も道理です。
人間の頭脳で理解可能な神の振る舞いとしては、
やはり、「絶対に折れない」 という属性を 「オフ」 にするということでしょうか。
投稿: tak | 2006年2月 5日 23:47
神を試そうとした咎でその者を罰するでしょう。
神は無矛盾性を保つためには、矛盾を取り除くと思います。
「不遜なる者よ、私は神として、お前の矛盾する願いを聞き入れるわけにはいかない。神に逆らい、これを試した咎として、この棒共々、お前は存在を許されないものとなった。」
投稿: 桜茶 | 2011年1月22日 12:10
桜茶 さん:
>神を試そうとした咎でその者を罰するでしょう。
「神を試そうとした時点で、その者は神の祝福を自ら放棄した」 という方がいいと、私は感じます。
投稿: tak | 2011年1月22日 13:45