「気配」のニュアンス
よく「春の気配を感じる」などと言うが、「気配」というのは当て字なのだそうだ。本来は、「気延ひ(けはひ)」という、なかなか雅やかで繊細なニュアンスの和語である。
日本人は「けはひ」を大切にしていて、お化粧のことも「けはい」と言った。鎌倉の「化粧坂」は、現代表記で「けわいざか」と読む。
本来、「よはひ(齢)」が「ヨワイ」に音便化したように、「ケワイ」に変化しやすい言葉だったのだが、「気配」と当て字されてしまったために、漢語みたい意識されて「支配」と同様に「ケハイ」と発音されているものらしい。
しかし、鎌倉の 「化粧坂」だけは、前述の通り「けわいざか」になっている。おもしろいものである。歌舞伎の曽我物では、「化粧坂の少将」という花魁が登場する。「化粧」と「気配」がリンクしていたなんて、最近まで知らなかった。
手元にある三省堂の 『例解古語辞典』 によると、「けはひ」 は次のような意味合いを持つ。
- かもしだされた雰囲気。なんとなく感じられる様子。風情。
- (それと確認できない対象から、闇や物越しに伝わってくる) 香り・話し声・物音など
- (手で触れたり、物音を聞いたりして、それとわかる) ようす。感触。
- (外面的な立ち居ふるまいなどから感じられる) 人柄・品格
- (死んだり離れたりして、実態のなくなった後も、そこにいるように感じられる) 面影、なごり。
- (雰囲気を生み出す) お化粧
なるほど。すべて「目には見えないもの」なのである。恩師である郡司正勝先生は、いつも「一番大切なのは、目に見えないことなんだよ」と言っていた。日本文化の根元には、「目に見えないもの」がある。
「目に見えないこと」というと、肉眼では見えないが顕微鏡や望遠鏡でなら見える「微少なもの」とか「遙か遠くのもの」というように誤解する者があるが、そんな単純なものじゃないんである。第六感以上の「直観」で理解するしかないようなものなのだ。
私は昨今の皇室典範論議にも、この「目に見えないもの」への関わり方の違いを強く感じてしまうのだ。何しろ「目に見えないもの」だから、法制化するのが難しい。このあたりが「純粋論理」の致命的弱点である。
Goo の和英辞書で 「気配」 を引いてみたら、"a sign; an indication." と出てきた。どちらも「徴候」的な意味合いである。ここに、"nuance" (ニュアンス) という言葉も加えてみたい気がする。
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