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2006年2月26日

「むかつき貯金」 は 「むかつき借金」

「内田樹研究室」の「不快という貨幣」が、一部で注目されている。内容は結構複雑なので、正確に読み取ろうというなら、リンク先に直接あたってもらうしかない。

経済学の術語で語られているが、それはかなりメタファー的だから、既存の経済学的視点で読み取ろうとすると、多分わからなくなる。

このエントリーのテーマは「なぜ若者たちは学びから、労働から逃走するのか」ということである。内田氏は以下のように説明している。

苅谷剛彦さんが 『階層化日本と教育危機』で指摘していたことのうちでいちばん重要なのは、「学業を放棄することに達成感を抱き、学力の低下に自己有能感を覚える」傾向が90年代にはいって顕著になったことである。
苅谷さんの文章をもう一度引いておこう。
「比較的低い出身階層の日本の生徒たちは、学校での成功を否定し、将来よりも現在に向かうことで、自己の有能感を高め、自己を肯定する術を身につけている。低い階層の生徒たちは学校の業績主義的な価値から離脱することで、『自分自身にいい感じをもつ』 ようになっているのである。」(有信堂、2001年、207頁)

要するにこうしたことについて、内田氏は「不快という貨幣」というコンセプトを用いて分析を加えているわけだ。

その内容は短くは言いづらいが、とても強引に言ってしまうと、「学びから、労働から逃走する若者」の言い分は、「俺だって、けっこうむかついてるんだからね」という、「裏返しの自己憐憫」だ。

おとんもおかんも、文句たらたらで生活に耐えている。おとんはうだつのあがらない仕事に、おかんはうだつのあがらない仕事をするおとんに、それぞれかなりむかついているように見える。そしてそれを見ているだけで、子どもだってかなりむかつく。

現代は第三次産業が肥大しているから、おとんもおかんも仕事によって何を生み出しているんだか、子どもにはよく見えない。確かなのは、彼らが仕事でむかついているということだけだ。だから「労働とはむかつくこと」だと、子どもたちは本能的に理解している。

内田氏は次のように解説する。

現代の子どもがその人生の最初に学ぶ 「労働価値」 とは何か?
それは 「他人のもたらす不快に耐えること」 である。

そして彼らは「それをいうなら、俺だってかなりむかついてる(= 耐えている)もんね」と思うことで自己正当化する。「むかつき = 労働」なら、自分だってかなりの「稼ぎ」をしているじゃないか。

だから、「いつまで寝てるんだ」とか「部屋片づけろ」とか「ちゃんと働け」とか、やいやい言われるのはかなり心外だし、そもそも、それでますますむかつくから、彼らの「稼ぎ」はさらに増える。「むかつきスパイラル」だ。

もっとも、何となく立場的弱みは感じているから、どうでもいいところでことさらにむかついて「キレてみせる」必要も生じる。それは自己主張であると同時に、悲しい自己確認作業だ。「俺って、こんなにもむかついてんじゃん、何てケナゲな俺!」

このようにして、働かない若者には「むかつき貯金」がくさるほどあるのだ。決して役には立つことのない財産だけれど。

子どもの頃、私は父に「仕事って、つらいの?」と聞いてみたことがある。その時、父はこう答えた。「そりゃあ、つらいこともあるが、一仕事成し遂げた時の喜びというのは、なかなかいいものだよ」

思えばこの一言は、父が私にしてくれた最高の教育だった。どんな仕事であれ、親がそこに喜びを感じているというのは、子どもにとって大きな救いである。自分の育つことが、親の「むかつきの代償」ではないと知れば、「負の意識」から解放される。

この救いがあればこそ、「むかつき貯金」なんてものをしなくて済むようになる。それは「むかつき借金」なのだと、あっけらかんと知るからだ。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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コメント

苦痛の対価・報酬と言うことを知らない、子供に教えることが出来ない親が悪い・・・と言うことでしょうか?

むかつき貨幣・むかつき貯金など、マイナスの資産でしかないし、くさった林檎になるだけですね。

やっぱり、一年でも徴兵制を布くか、スポーツ教育を強化して、「苦悩を突き抜けて歓喜を」という実体験をさせないと。

単純でしょうか?


投稿: alex99 | 2006年2月27日 16:48

>苦痛の対価・報酬と言うことを知らない、子供に教えることが出来ない親が悪い・・・と言うことでしょうか?

うーん、難しいです。
「苦痛の対価が報酬」 ということを、教えすぎているからいけないということもできるのではないでしょうか。

「労働は苦役」 という人類的誤解がいけないのかもしれないし。

投稿: tak | 2006年2月27日 21:38

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