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2006年2月14日

「天皇のお婿さん」 を、ちゃんと探せるか?

今回の秋篠宮妃殿下ご懐妊のニュースで、皇室典範改正問題が、ちょっとだけ沙汰止みになった。これで、小泉首相が 「国賊」 扱いされるリスクがかなり軽減した。

私はこの問題について、「持論」 というほどの意見を持ち得ないでいる。しかし、この辺で問題を整理しておくぐらいは、必要だろう。

まず、問題を 「女性天皇を容認するか」ということと「女系天皇を容認するか」に分けて考えなければならないが、その前に、「天皇制を守るべきか」 という大問題もあるだろう。

この 3点について、私なりに整理してみたい。

1.天皇制を守るべきか

私は基本的に、「天皇制」という立憲君主制を支持している。精神的なレベルでの「国の中心」というコンセプトは、ある方がずっといい。

とくに、これだけ長い歴史にわたって連綿と続いてきたシステムというのは、下世話な言い方をすれば、世界に類なき「レアもの」である。それだけでも尊重されていい。

2.女性天皇を容認するか

「女性天皇」 については、かなりの保守派でも容認するというのが多数意見になっているようだ。しかし、私はそれについてはかなり消極的である。

今の英国王室の皇太子、王女たちの有様を見るにつけ、母親が国家元首という特殊な家庭に育った子どもたちというのは、何らかのトラウマを生じやすいのではないかと疑っている。

ロイヤルファミリーという特殊な環境で育つ子どもたちにとっては、母親は身近な存在であってくれる方がありがたいのではないかと思うのだ。

3.女系天皇を容認するか

現在、もっとも意見の衝突しているのは、女系天皇を認めるかどうかということである。伝統尊重派は、「万世一系を守るためにも、天皇は男系でなければならない」と主張している。

これについて、「そもそも『万世一系』ということ自体に疑問があるのだから、そんなことにこだわる必要がないではないか」という意見もある。

ただ、伝統尊重派の立場からすれば、「事実としての万世一系への疑問」は、とるに足りないものだ。伝統というのは、どこに行っても、多分に建前論なのである。

しかし、いくら「建前」であっても、現実論として考えると、男系主義は「側室制度」によって保証されていたということを忘れてはならないだろう。

今の世の中で、天皇陛下だけが一夫多妻主義でいいかというと、「それはちょっと」ということになり、そうなると、女系天皇でもいいではないかということになる。二者択一で、どっちをとるかという議論になる。

民主党の前原代表は、「国民が天皇制に側室制度なんか駄目だということになれば女系天皇もやむなしだ」と、率直に述べている。実はかなり柔軟な考え方のできる人のようで、そのあたりは評価できる

とはいえ、私個人としては、女性天皇にさえ消極的なのだから、それを前提とした「女系天皇」ということになると、当然ながら、ますます消極的にならざるを得ない。

そもそも「天皇のお婿さん(あるいは、将来の天皇のお婿さん)」を探すのは、並大抵なことじゃなかろう。今の皇太子妃殿下をお迎えするのも大変だったのだから、お婿さんとなったら、なおさらのことだろう。

じゃあ、どうしたらいいんだというと、これといった名案はないのだが、かなり以前に皇籍を離れた宮家の跡継ぎに、「お婿さん」として皇籍に復帰してもらい、将来の天皇となる王子を誕生させていただくとかいった手も考えられる。

これなら、いわゆる「Y 染色体問題」も蒸し返されなくて済むだろうしね。ただ、一朝一夕に行くとも思われない。

というわけで、月並みだが「時間をかけて論議を重ねる」ということになったことには、ちょっとだけホッとしている。下世話な心配をしなくても、「神計らい」 的にうまくいくような気もするし。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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