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2006年2月 8日

単純な「表現の自由」より命の方が大事

私は時々、「健康のためなら死んでもいい」という健康オタクのジョークを持ち出すのだが、今、ヨーロッパのジャーナリズムは 「表現の自由ためなら死んでもいい」といわんばかりの、意地をかけた奮闘ぶりである。

例の 「ムハンマド風刺画問題」 の様相だが、はたして命をかけるほどのことだろうか?

「玄倉川の岸辺」の玄倉川さんは、「偶像と神」のエントリーへの私のコメントに応え、"「イスラム原理主義」と「言論の自由原理主義」の対立" と指摘されている。

それはまさに私も感じていたところで、ヨーロッパのジャーナリスト達の一部(あるいは多く …… まさか全部ではあるまい)は、まさに、異教徒の因習的圧迫に抗して言論の自由を守ろうと崇高な闘いを挑む革命的戦士といった幻想を抱いているのではないかとすら思える。

問題となった風刺画を最初に掲載したデンマークの日刊紙 Jyllands-Posten(ユランズ・ポステン)は、よせばいいのに、「表現の自由のために 他紙への転載を許可してしまったらしく、既に 32カ国の新聞がそれを紙面で直接紹介してしまった。

これでは、余計な衝突を煽っているのと同じである。まさに "「イスラム原理主義」と「言論の自由原理主義」の対立" という構図である。イスラム原理主義は、「表現の自由のために」問題の風刺画を描いた漫画家の命まで狙うだろう。

漫画家ばかりではない。フランスの France Soir (フランス・ソワール) 紙は、この風刺画を転載したために爆弾テロの予告を受け、一時全社退避の騒ぎになった。

私は、"「表現の自由」 も大切だが、そのために命まで落としては元も子もない" と考える者である。「ジャーナリストの風上にも置けない」 と言われるかもしれない (一応、私はジャーナリスト活動もしている) が、「命の次に大切なのが自由」と本気で思っているので、勘弁してもらいたい。

この問題で、内田樹氏は 「原理主義と機能主義」 というエントリーで興味深い指摘をしておられる。(以下引用)

大陸の欧州諸国が「言論の自由」「表現の自由」という大義名分を掲げて、相次いでマホメットの戯画を掲載したのに対して、英国の新聞はこれを自粛し、英国のイスラム系団体もイスラム教徒に自制を求め、騒乱を回避した。
英国人は 「言論の自由」 を少しだけ制限することで、当面のガバナンスを確保したのである。

内田氏は、こうした英国の態度を 「原理主義」 に対置して 「機能主義」 と呼んでいる。さらに引用させていただく。

「これこれでなきゃダメ」 というのが原理主義である。
「使えるものがこれしかないなら、これで何とか折り合いをつけよう」 というのが機能主義である。手持ちの限られた材料と手段で最高のパフォーマンスを達成するにはどうしたらいいのかということに知的リソースを集中できるのが機能主義者である。

そして内田氏自身は、ご自分が機能主義者であると宣言しておられる。そうした意味では、私も機能主義者の端くれと言っていいかも知れない。

日本のマスコミも、風刺画の紹介は自粛している。これを「機能主義」と呼ぶか、「事なかれ主義」と呼ぶかは微妙だが、この姿勢を私は評価したいと思う。余計な対立の構造の中に踊り込む必要はない。

これこれの刺激を与えればいきり立つと決まっている相手に、その通りの刺激を与えてしまうのは、賢明なやり方ではない。かといって、譲歩し続けるばかりでいいというわけでも、もちろんないのだが。

対立に至るのはあっという間だが、和解するには長い時間がかかる。押したり引いたりしながら、根気よく和解の努力をしなければならない。少なくとも、和解への姿勢をきちんと示し続けている間は、決定的な衝突には至らない。

上記の 2パラグラフは、風刺画問題ばかりでなく、靖国問題にも共通した私の考えである。

【同日昼 追記】

玄倉川さんは、上記でリンクしたエントリーのコメント中に、"他者への敬意を欠いた「自由の絶対神聖化」はどうも好きになれません" と述べておられる。

私も昨日のエントリーでは、件の風刺画を "「表現の自由」 に名を借りた 「侮辱行為」"  と書いたが、今回のエントリーでは、この方向の言及が欠けていると、反省している。昨日のエントリーを読んでいない読者は、私がムスリムや中韓を蔑視していると誤解してしまうかもしれない。

「他者への敬意」 は当然持つべきことであると、遅ればせながら表明させていただく。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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