「他人事」で「たにんごと」?
ずっと気になっていた日本語に「たにんごと」というのがある。「他人事」をそのまま読むとこうなるのだが、本来は「ひとごと」だろう。
「人事」と表記すると、「じんじ」と読みがちなので、区別のために「他人事」と表記するようになったのだろうが、いつのころからか「たにんごと」と、まんま読むようになった。
手元の 『明鏡国語辞典』で「ひとごと」を引くと、【人事(〈他人〉事)】という表記が出てくる。Goo 辞書の『大辞林』(第二版)でも同様だ。しかし、ATOK 16 では、「ひとごと」と入力すると 「人ごと」 というのがデフォルトで出てくる。
試しに Google で検索すると、「他人事」が 2,800,000件、「人ごと」が 877,000件、「ひとごと」が 285,000件で、「他人事」が圧倒的に多い。しかしこのケースでは、筆者が「ひとごと」と入力したのか「たにんごと」と入力したのかは、わからない。
ちなみに、「人事」となると 60,400,000 件と、桁外れになるが、多くは「じんじ」と読む用例なので、この場合の参考にはならない。
NHK の放送文化研究所のサイトに、これに関するかなり納得できる説明がある (参照) ので、以下に引用してみよう。
伝統的な語・ことばは 「人事(ひとごと)」 [ヒトゴト]とされ、多くの国語辞書が 【ひとごと】「人事」 を採っています。また、これについて国内の主な新聞社や通信社も、「ひとごと」 または 「人ごと」 の表記 (表現) を認めているだけで、「たにんごと」 「他人事」 については認めていません。このような状況の中で、NHKでも平成12年 (2000年) 2月に放送用語委員会でこの件について改めて審議しました。その結果、「タニンゴトということばは誤読から発生したもので、原則として使わない」 ことにし、従来通り 「表記は○ひと事 ×他人事 読みは○ヒトゴト ×タニンゴト」 と決めています。
このページでは、「たにんごと」 という読みが生じた背景について、以下のように述べている。
《もともと 「他人 (たにん) のこと」 を意味する語・ことばには 「ひとごと」 という言い方しかなく、この語に戦前の辞書は「人事」という漢字を主にあてていた。ところが 「人事」 は 「じんじ」 と区別できないので 「他人事」 という書き方が支持されるようになり、これを誤って読んだものが 「たにんごと」 である。》
なるほど、納得できる。近代になって、「人事」というのが組織内の人員配置を意味するようになってから、「ひとごと」と読む「人事」は肩身が狭くなってしまったので、「他人事」という表記が発明されたもののようなのだ。
ところが、「他人事」はどうやら戦後に一般化した表記で、歴史が新しいため、どうしても「たにんごと」と読みがちだ。誤解を避けるために新たな誤読を生じたという、なんともフラストレイティングなサンプルだ。
今や Goo 辞書にまで 「たにんごと」 という項目が加えられるという事態になってはいるものの、これはここ 50年ぐらいに出現した読み方で、なるほど、こなれが悪いはずである。
私としては、やはり「ひとごと」の読みで行きたいなあと思っているが、表記をどうするかはとても悩んでしまう。「人事」は「じんじ」と区別がつかないので避けたいし、「他人事」では誤読を生じがちだ。
そうなると、「人ごと」か「ひと事」なのかもしれないが、どうにもおさまりが悪い。どうしたらいいのだろう。現代日本語の大きな課題のような気がする。
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