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2006/04/12

なぜ殺してはいけないか

川崎市の事件で、「理由なき殺人」 ということが話題になっている。今井容疑者は、「殺したいから、やった」と供述しているという。

当局はさらに明確な動機を探るべく取り調べを継続しているというのだが、それは多分、無駄なことだ。彼は本当に、単に「殺したいから殺した」というだけのことなのだろう。

以前、テレビ番組で少年犯罪について激論が交わされた中で、一高校生が「なぜ人を殺してはいけないのか」との問いを発したというのが話題になった。

この問題について、大方は「人を殺してはいけないから、いけないんだ」と、自然科学の公理のようなものと捉えているので、改めてこうした質問が発せられたことに、大きなショックを感じたもののようだ。

私は以前、ululun さんのブログで、人を殺してはいけないのは、"「殺す自由」は「生きる自由」を上回らないから" とコメントしたことがある。(参照

これはとても抽象化した言い方なので、少し説明を加える必要があるだろうと思っていたのだが、いつの間にかそのコメントをしてから 1か月以上経ってしまった。

人間は他人を殺す能力を持ち合わせている。だから、大抵の人にとって殺人は可能である。この「可能である」ということを、仮に「人は殺す自由をもっている」と表現することにしよう。

しかし一方で、人には元々「生きる自由」というものがある。そして厄介なことに、「殺す自由」と「生きる自由」は、両立し得ない。

「盗む自由」があるとする。盗まれた者に対して、盗んだ者は返却するなり賠償するなりして、償いをすることができる。つまり「盗み」は「まったく取り返しのつかない罪」 というわけではない。

しかし、殺した者は殺された者を生き返らせることができない。「殺す自由」を行使して「生きる自由」を奪ってしまうと、殺された者の自由を回復することは不可能だ。つまり「殺人」は、「完全に取り返しのつかない罪」なのである。

こうしたことを、私は "「殺す自由」は「生きる自由」を決して上回らない" と表現した。だから「殺す自由」というのは、保持してはいるけれど、原則的には行使してはならないものなのである。

「行使してはならない自由」というのは、「自由」の名に値しない。だから、"人には「殺す自由」はない" と言い換えることも可能であり、一般的には、そう言った方が明確だと考えられている。ただ、それは三段論法の最終結論である。

件のコメントに付け加えて、私は以下の場合は、態度を保留するとしている。

「崇高な覚悟の自殺 - 切腹」 などの 「介錯」
「安楽死」
「正当防衛」(相手がこちらの「生きる自由を奪おうとしたので)
「戦争」(一応は、納得済みでの殺し合いなので)

つまり、以上の 4つのケースについて、私は「殺人」を単純に「罪」と決め付けることに躊躇している。要するに、どう考えていいか、まだわからないのである。これらの場合は、非常に限定的な「殺す自由」があるかもしれない。

「死刑執行」 を挙げなかったのは、それは「殺す自由」というよりは、制度で強制的に定められた「果たすべき業務」とみる方がいいからだ。それだけに人は、絞首刑やギロチンなど、直接には手を下さず、最終的には「重力任せ」の手法を開発して、葛藤から逃れようとしている。

いずれにしても、個人的には、そうした 「限定的な自由」 を行使しなければならないようなケースには、遭遇したくないと念願している。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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コメント

はじめまして。
本記事に間違いがありましたので重箱の隅をつつかせてください。

「つまり 「殺人」 は、「完全に取り返しのつかない罪」 なのである。それだけに、どのような法律でも、殺人は最大の罪として規定されている。」

とありますが、少なくとも日本の法律では最大の罪ではありません。量刑が死刑に限定されている外患誘致罪をはじめ、殺人より重い罪がいくつかあります。たとえば、水源に毒をもったりなどすると、犠牲者ゼロでも殺人罪より重い罪になります。

殺人罪における死刑の相場として「2人以上かつ計画的」というものがありますが、逆に言うと一人殺しても15年程度であっさり娑婆に出てくることがほとんどです。外患誘致はたとえ被害者ゼロ(開戦間近に敵と和睦など)でも事実認定された時点で即死刑ですから、やっぱり殺人は最大の罪とは規定されていないようです。

投稿: KS | 2007/06/03 01:55

KS さん:

勉強不足でした。
ご指摘、ありがとうございます。

「それだけに、どのような法律でも、殺人は最大の罪として規定されている」

の文言、明らかな間違いということで、削除させていただきます。

投稿: tak | 2007/06/03 21:31

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