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2006年7月25日

役者が不足してた? 本荘高校

アマチュア・スポーツ関係のお偉方たちは、大概びっくりするほどエラソーなのだけれど、個人的な印象からすると、野球の人たちの 「エラソーさ」 はひときわ群を抜いている。

権威ばかり振りかざし、空虚な精神論に終始する。今回の高校野球秋田大会の 「故意の三振問題」 も、そんなようなもんだろう。

既にあちこちで取りざたされているから、改めて触れるまでもないが、22日の全国高校野球選手権秋田大会準決勝の、本荘 ― 秋田戦で、12対 1でリードした本荘高校の監督が、雨天ノーゲームを避けるために、わざと三振をするように選手に指示したという問題だ。

この件で、高野連は、「雨天で試合が中止されることを恐れた故意の行為」「最後まで全力を尽くすべき理念に反する」「相手チームに失礼」などと判断し、校長、部長、監督の連名による始末書の提出を求めたという。

断言してもいいけど、この大会の運営現場は、雨天ノーゲームにもならず、試合予定がサクサク運んだことを喜んでいたはずだ。接戦ならまだしも、12対 1である。再試合なんてことになったら、馬鹿馬鹿しい。連投につぐ連投のピッチャーの身にもなってみろ。

そして、報道にも問題があると思うのだが、結果は「雨天コールド」 では断じてない。あくまでも、7回までに 7点差以上開いたことによる 「得点差コールドゲーム」である(根拠は こちら)。この点はしっかりと認識しておかなければならない。

雨天というファクターは、雨天によるノーゲームが避けられたという事項のみに関連する。そして雨天に乗じてノーゲーム狙いの遅延行為をしようとしたのは、相手の秋田高校の方のようなのだ。本当に 「相手チームに失礼」 なのは、どっちなのか。

ほとんど結果の見えた試合を、サクサクと運ばせてきちんと成立させるために、ちょっと手を抜いたぐらいのことで、「校長、部長、監督の連名による始末書」の提出を求めるなんて、エラソーにもほどがあると思うのである。

「最後まで全力を尽くすべき理念に反する」と言っても、試合そのものが無効になったら泣くに泣けないだろう。その結果、ピッチャーが肩でも壊したら誰が責任を取るというのか。

相手の秋田高校の監督のコメント、「最後まで一生懸命やろうとしていたのに、負けた以上の屈辱だ。悔しい」というのも、なんだかなあと思ってしまう。

だって、その後にちゃんと 7回裏があったじゃないか。その 7回裏で食い下がって試合を引き伸ばすことができず(つまり、ノーゲームにもちこめず)、7回コールドで負けた時点で、それは、きちんとルールに則った「最後」に他ならないのである。

あるいは、7回表の攻撃を延々と続けてもらい、20対 1ぐらいの点差がついた時点で、雨天ノーゲームになれば、「屈辱」ではなかったのか。よくわからん。

だがまあ、こうした理屈の通用しないところが、高校野球の高校野球らしいところと、言えば言えなくもなかろう。そのあたりが好きな人は好きなんだろうな。私はうんざりするけど。

私が本荘の監督なら、「故意とはバレないように、必死こいたスイングで空振り三振して来い」「本盗の途中で、足をもつれさせて転んで来い」と、そっと耳打ちしただろうと思う。本荘高校、ちょっと役者が不足していたかも。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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