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2006年8月 4日

「ご苦労様」と「お疲れ様」

文化庁の「国語に関する世論調査」にツッコミを入れるのが、当コラムの年中行事と化しているが、今回のは単に調査結果の客観的羅列が多くて、あまり突っこみ甲斐がない。

ただ、「ご苦労様」と「お疲れ様」の、目上と目下に対しての使い分けというのは、それほど単純には割り切れないものがある。

公式には、「ご苦労様」が目上から目下の者に対してのねぎらいの言葉で、「お疲れ様」がその反対だと、単純に規定されているようだ。だが、言葉というのはそんなに一筋縄ではいかない。

まず、「ご苦労様」が目上から目下への言葉というのは、江戸時代のお殿様あたりが、家臣の労をねぎらって「ご苦労であった」みたいな言い方をしたことの名残なのだろう。

確かに、私みたいな年頃になると、ペーペーの若造から「ご苦労様!」なんて声をかけられたらちょっとむっとくるだろうが、「ご苦労様でした」ぐらいになると、その違和感は少しは和らぐ。 「ご苦労をおかけしました」なんてことになったら、もっと和らぐ。

そりゃあ、「大変お世話になりました」の方がいいかもしれないが、会社の仕事が終わったときのように、直接自分に対する好意へのコメントでもない場合は、「御世話に…」とは言いにくい。

じゃあ、何と言ったらいいのかということになって、「ご苦労様」が登場することになるのだろう。

文化庁的発想では「お疲れ様」を使うべきだということになるのだろうが、近頃、「お疲れ様」という言葉には、どういうわけか、水商売とか芸能界とか、カタカナで書く「ギョーカイ」の符丁的な、下世話なニュアンスが色濃くなりつつあるのだよ。

とくに最近では、「お疲れぇ~」なんて、ますます「ギョーカイ」っぽい言い回しが優勢になってきてしまって、それに引きずられて「お疲れ様」のイメージが低下し始めていることを、文化庁の方々はとてもまじめでいらっしゃるから、無視しておいでだ。

「お疲れ様」だけでは、かえって違和感が生じるケースがあるから、それを避けるために、「お疲れ様でした」まで言わなければならない。若造に「お疲れ様ぁ~」なんて、へらへらっと言われたら、私なら、「ご苦労様でした」よりムッとくるかもしれないぞ。

と、いまだオフィシャルには認定されていないニュアンス変化について、敢えて書いてしまったので、そのあたりの感覚的な部分は人によって異なるから、反論はいくらでもあるだろう。ただ、ありきたりの反論なら十分予測がつくから、コメント不要と、前もって言っておこう

最後に書いておきたいことは、そもそも私は「ご苦労様」とか「お疲れ様」とかいう言い回しは、あまり好きじゃないということだ。

実際の場面では、本当に「苦労」してしまった場合は、他人は「ご苦労様」なんて滅多に声をかけてくれない。逆に、喜んでやった仕事を達成した時に、「ご苦労様」と言ってもらえるケースが圧倒的に多い。

そんな時、へそ曲がりの私は「別に、『苦労』だなんて思ってないよ」 などと、つい言いたくなってしまうわけである。いちいち言ったら角が立つから、実際には言わないが。

私が好きなニュアンスというのは、英語のやりとりの "Thank you, very much." "Not at all. It's my pleasure." (「どうもありがとう」「どういたしまして、それは私自身の喜びですから」)みたいな感じなのだよね。

本音でそう言えたら、なかなかいい世の中になりそうだ。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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