良寛さんと、いんきんたむし
ちょっと古いが、6月 18日付の毎日新聞日曜版で、書道家の榊莫山先生が、良寛の手紙を絶賛しておられる。
純真爛漫で邪気のない良寛和尚らしく、手紙は拝啓とか謹啓とかいうお約束の書き出しの言葉もなく、いきなり本題に入っている。いんきんたむしの薬が欲しいという用件だ。
文面は、最初の「いんきんたむし」だけは今の人でも問題なく読めるだろうが、そこから先はちょっと難しいだろう。今の字にすると、こんなふうになる。
いんきんたむし再発致候間
萬能功一貝御恵投下されたく候 以上
七月九日
守静老 良寛
「致候間」というのは、そのまんま「いたしそうろうあいだ」で、「いたしましたので」というような意味合い。昔の手紙にはよく使われる決まり文句のようなものだ。
つまり、いんきんたむしが再発したので、「萬能功」という薬をくださいと言っているのである。
「萬能功」というのは、当時の塗り薬で、いんきんたむしのかゆみ止め以外でも、「萬能」というだけに、何にでもよく効いたようだ。字は違うが、「萬能膏」というのは、つい最近まであったらしい。
この薬は当時、貝殻を容器として流通していたようで、良寛さんは「一貝」の「貝」の字の代わりに貝の絵をかいている。画像を見れば一目瞭然だが、手紙の真ん中辺りである。
洒脱な「絵文字」である。莫山先生は、これをして「薬をねだる手紙にさえ、良寛はおしゃれを忘れない」と、絶賛しておいでだ。
最後の行の宛名「守静老」とは、地蔵堂の大庄屋富取武左ヱ門の分家の医者、北川守静先生のことと伝えられる。
冒頭に、良寛さんは拝啓も謹啓もない「お約束無視」と触れたが、それどころか、どうやら薬代を払うというお約束にも、一向に頓着していないようだ。何しろ「御恵投下されたく候」(恵んでやってください)と言っているのである。托鉢と同じようなつもりらしい。
「恐縮ですが」とか「申し訳ないけど」なんていう言葉は、一言も発せられない。全然悪びれないのである。もちろん、ねだられた北川守静先生にしても、「良寛さんなら仕方がない」と、はなからお金を取る気はないのだろう。
まあ、こんな色紙に書かれた良寛さんの手紙なのだから、後々にはちょっとした値打ち物になるのだが、当時、そんなことを意識していたかどうかは疑問だ。
ふぐりに萬能功を塗り、じんじんしみるので団扇でばたばたあおぎながらひいひい言っていたとしても、やはり良寛さんは不思議に気高い。
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