庄内弁の「かすと」は「かつゑびと」?
去年の 1月 20日に、"「かすと」と「さんごろぺ」" というエントリーを書いた。よくわからない庄内弁として挙げたのだが、最近、「かすと」についての有力情報が届いた。
「かすと」の意味は、「飢えている人」らしいということまではわかっていたのだが、その語源の糸口がつかめたような気がする。
念のため繰り返しておくが、「かすと」というのは、庄内弁でもあまりイメージのよくない言葉で、食事の時に、行儀の悪いがつがつした食べ方をすると、「"かすと" であんめし!」("かすと" じゃあるまいし!)と言って怒られたものだ。
だから「かすと」というのは、飢えて本能剥き出しみたいになった状態をいうのだろうとは薄々思っていたが、その語源はよくわからなかった。
少しググってみたら、秋田県の本荘由利地域(庄内のすぐ北隣)の方言をまとめたサイトの中に、「かつと」という言葉を見つけ、そこには、"「飢人」の訛りか?" という指摘があった。だが、「飢人」で「かすと」あるいは「かつと」と読むには、無理があるだろうと思っていたのである。
しかし、このほど阿部さんという方から、長野県の旧安曇野郡奈川村(現在は松本市に編入)の辺りでは、「飢人」で「かつえびと」と言うとのご指摘をメールでいただいた。ありがたいことである。
広辞苑にも、以下の記述があるとのことだ。
かつえ-じに 【飢え死に・餓え死に】
かつえて死ぬこと。うえじに。かつ・える 【飢える・餓える】
1. うえる。空腹になる。
2. 甚だしく欠乏を感じる。
どうやら、私がうかつなことに、「かつえる」という言葉を知らなかっただけのようなのである。以前、だいぶ古い版の広辞苑を処分して以来、大きな辞書は持たない主義できたのだが、こうしてみると、ちゃんと備えておいた方がいいのかなあという気がしてきた。
試しに Goo 辞書で調べてみると、以下のように出ている。(参照)
かつ・える かつゑる 【▽餓える/▽飢える】
(動ア下一)[文] ワ下二 かつ・う
(1)食物が足りなくて苦しむ。うえる。
「これから先きは―・ゑて死ぬより外に仕方がない/塩原多助一代記(円朝)」
(2)不足を感じてしきりに欲しがる。
「何かに―・ゑたやうな眼をぱつちりと開いて/悪魔(潤一郎)」
なんと、円朝の落語はおろか、現代文学にまで使われていた言葉だったのだ。こんなことなら、谷崎をもう少しきちんと読んでおくんだった。
なるほど、「かつゑびと」(飢えて苦しんでいる人)という言葉が訛って、「かすと になるのは十分にあり得ることだ。秋田の本荘由利地域では 「かつと」というのだから、「かつゑびと」により近い。
長野県の旧安曇野郡奈川村における「かつえびと」という言い方は、しっかりと由緒正しい古語の系譜である。今ではかなりの年配の人の間でしか使われないということだが、庄内弁の「かすと」にしても、今では死語になっていると思う。
何しろ「飽食の時代」になってしまったので、本当の意味での「かつゑる」という感覚は、今では戦争を知る世代しか体験していないだろう。死語になるのも仕方ないだろう。
だがあるいは、メタフィジカルな意味合いでの「かつゑびと」は、むしろ増えているような気がする。胃袋が「かつゑ」から解放された今、人は精神的に飢えているのかもしれない。
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コメント
初めまして。
毎回、特に言葉に関することについては、興味深く拝読しています。
私は現在は神奈川県に住んでいますが、高校までは実家の広島県福山市(備後地方)で1989年生まれの祖父母と同居しておりました。
当時は、特に祖母の言葉を「ひどい方言だな~」と思っていましたが、長ずるに従い、方言ではあるものの、古語が結構あることに気付きました。
今回の、「かつえる」についても、自分に関しては使わず、かつ、マイナスイメージではありますが、祖父母は日常使っていました。
例えば、「かつえご(子)」、「かつえたようにして食うな!」などです。
久しぶりに「かつえる」という言葉に出会い、なつかしかったので、コメントしました。
貴ブログ及びサイトの益々のご発展をお祈りします。
投稿: はくはつフクロウ | 2006年9月25日 20:02
はくはつフクロウさん:
おお、19世紀生まれの御祖父母さまと同居されていたのですね。
確かに方言というのは、古語の訛りであることが多いと思います。
「かつえたようにして食うな!」というのは、私が祖母に 「かすとであんめし!」 と怒られていたのと、同じニュアンスのようですね。
かつえたような所作は、多分、餓鬼道を連想させる 「汚れ」 のイメージだったので、忌み嫌われたんでしょうね。
投稿: tak | 2006年9月25日 22:04