老練な謝り方とは?
ローマ教皇ベネディクト 16世が、イスラム教の聖戦を批判したとされる自身の発言について、「極めて遺憾」 と述べたと報じられた。
共同通信は、これについて 「事実上の謝罪」 と報じている (参照) が、うーん、微妙だなあ。ともあれ、さすがにローマ教皇である。その謝り方も、すごく老練なのだ。
この問題については、以前も 「謝罪」 と 「遺憾の意」 と題して書いたことがあるのだけれど、なかなか難しいところがあるのだ。
英語では、「遺憾の意」 というのは "regret" といって、「遺憾の意を表する」 は "express regret" である。そして、謝罪は "apology" だ。
"Regret" というのは、「後悔」 とか 「悔しい」 とかいう意味もあり、外交上の言い回しとしては、「あってはならないことだったよね」 という、どちらかといえば客観的な言い方である。
少し深読みすると、自分の行為に対する "regeret" であれば、「こっちの都合もあって、明確な謝罪はできないけど、ヤバかったなあとは思ってるんだから、この辺で丸く収めてよ」 ということである。一方、相手の行為に対しての言及ならば、「オラオラ、そういうことなんだから、ちったぁ恐縮しろよ!」 という意味合いになる。
そして、"apology" ということになると、もろに 「謝罪」 であり、「悪かったよ。非を認めるよ」 ということである。
しかしながら、"apology" には 「弁明」 という訳語もあるように、「西欧的謝罪」 というのは、一定の 「弁明」 や 「言い訳」 がつきものである。思いっきり言い訳しても、「潔くない」 なんてことは言われない。むしろ、きちんと弁明しないと、それこそ極悪非道か、無能扱いされる。
このあたり、「全面的に私が悪うございました。言い訳のしようもございません。似て食うなり焼いて食うなり、何とでもどうぞ!」 なんていう日本的態度で迫ると、かなりまずいことになることがある。武士の情けは、通じないことの方が多いのである。
そして、今回の教皇の謝り方というのは、かなりのグレーゾーンの中にある。それだけに、ニューヨーク・タイムズの記事では、見出しで "Pope Expresses Personal Regret" (教皇、個人的遺憾の意を表す) としながら、本文では "by issuing an extraordinary personal apology" (異例の個人的謝罪を表明することで) と書いている。
で、実際に教皇自身はどう言ったのかというと、ニューヨーク・タイムズによると、こう言ったのである。(イタリア語で述べたことを英語に翻訳しているらしい)
"I am deeply sorry for the reactions in some countries to a few passages of my address,"
(私の演説のちょっとしたくだりに対する、いくつかの国における反応について、私は非常に残念に思っている)
要するに、「遺憾の意」 とか 「謝罪」 とかに聞こえる発言は、これだけのことである。それ以上のこと、つまり、「私が悪かった」 みたいなことは、全然言っていないようなのだ。
これに続く発言は、弁明の羅列で、「あれは、中世の文献からの引用で、私の個人的考えではない」 とか言いつつ、結論的には、
"The true meaning of my address," he said, "in its totality was and is an invitation to frank and sincere dialogue, with great mutual respect."
「私の演説の真意は」 と彼は言った。「全体としては、相互に尊敬し合いながらの率直で誠実な話し合いへの招待であったし、今もそうだ」
ということにしているのである。これで、記事になると 「個人的な遺憾の意」 とか 「事実上の謝罪」 とかになってしまうのだ。実は、まともには謝っていないのに。
老練な謝り方の一種のお手本である。怒りまくっているムスリム相手に、本当に効果を発揮するかどうかは別として、変な言質を取られないという意味では、ベネディクト 16世、宗教家である以前に、かなりのポリティシャンである。
【注】
"Pope" の訳語として、マスコミの多くは 「ローマ法王」 という呼称を使っているが、私はカトリック中央協議会の要請を尊重して、「ローマ教皇」 と言うことにしている。
ニューヨークタイムズの記事の URL は、
http://www.nytimes.com/2006/09/18/world/europe/18pope.html?_r=1&oref=loginただし、アクセスするには、フリーアクセスメンバーに登録する必要がある。無料なので、英語が苦にならない人は、登録しておいて損はない。
(私は苦にならないわけじゃないけど、無料ということにつられて登録してる)
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