ミスター・ボージャングルの正体
先日のラジオ放送で永六輔さんが、「ミスター・ボージャングル」という曲は、有名なダンサーのことを歌ったものだとおっしゃっていたので、憚りながら、それは誤解だという手紙を書かせていただいたところ、それに対するお礼の絵葉書が、ご本人から届いた。
こちらが恐縮するほど義理堅い方である。
先日、TBSラジオ「土曜ワイド」で、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドの 「ミスター・ボージャングル」 (作詞・作曲:ジェリー・ジェフ・ウォーカー)が流れたとき、永さんが「この歌のミスター・ボージャングルは、有名なダンサーで、年取ってからも踊り続けた人」とおっしゃっていた。
しかし、これは広く行き渡った誤解なのである。それでちょっと放ってはおけない気がして、それについて説明した手紙を、TBSラジオ気付で送らせていただいた。
するとこのほど、女人高野・室生寺の絵はがきで、礼状が届いたのである。永さんは送られるすべての手紙・葉書に目を通して、返事を出されるとは聞いていたが、まさに本当だった。
ご自分の署名の「永六輔」の「六」の字が判子になっているのが、とても洒落ている。こんなことをしたら、とても手間がかかるだろうに、筆まめという以上の方である。ありがたいことである。
それでついでといってはなんだが、「ミスター・ボージャングル」の正体について、ここでも書いておこうと思う。
この歌に出てくる「ミスター・ボージャングル」(Mr. Bojangles)は、主に1920年代に活躍した名ボードビリアン、「ビル・ロビンソン」(Bill Robinson:1878-1949)のことと、かなり広範囲に信じられていて(例えば 【ここ : 14番の項参照】でも誤解されている)、永さんもつい最近まではそう思っておられたわけだが、それは、何度も言うが誤解なのである。
確かに、ビル・ロビンソンは「ボージャングル」の愛称で呼ばれた実在の人物だが、ジェリー・ジェフ・ウォーカーが歌った「ミスター・ボージャングル」はそれとは別人で、まったく無名で飲んだくれの三流田舎芸人だった。
日本で言えば「舟本一夫」や「鳥倉千代子」の類だったろうか? (若い人、意味わかるかなぁ? わからない人だけ、一番下の【注記】を参照)
ジェリー・ジェフは、アルバム「果てしなき旅路/A Man Must Carry On'」(1977)に収められたニューオリンズでのライブ録音で、「この歌は、ここからほんの 2ブロック先の監獄で書いたものです」と語っている。
ニューオリンズを放浪していたとき、ジェリー・ジェフは酔っ払ってブタ箱に放り込まれた。そのブタ箱にいた先客が、妙に味のあるじいさんで、自らボージャングルと名乗り、滑稽な踊りを踊っては人生を語ってくれた。
よく知られた「ミスター・ボージャングル」という歌は、この時のことを歌ったものである。
本家ボージャングルのビル・ロビンソンは、当時の黒人としては珍しいほどの名声を博し、恵まれた人生を送った。しかし、ジェリー・ジェフの歌に出てくるボージャングルは、犬を連れて南部をどさ回りした経験しかなく、年老いてからは、安酒場でビールとチップのために踊る身の上だった。
ミスター・ボージャングルは、今日も酒場の片隅でうなだれ、ただ頭を振っている。すると、誰かが "Please !" と、声をかけるのが聞こえる。「じいさん、頼むぜ!」 と。
ボージャングルじいさん、踊っておくれ
高く跳んで、かかとをならしておくれ
よれよれシャツをひらひらさせて、俺たちを笑わせてくれ
誰か、ジュークボックスにコインを。
実はこの歌、私のシンガー時代のオハコでもあったので、ちょっと見過ごせなかったのである。
【注記】 「舟本一夫」 「鳥倉千代子」 : 有名歌手の 「舟木一夫」 や 「島倉千代子」 とは似て非なる怪しいドサ廻り芸人 (字の違いに注意)。永原弘、三橋三津也、田畑義男もいたという説もあるが、詳細は明らかではない。
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コメント
美空ひばりの偽バージョンもあったらしいけれど、名前は思い出せませぬ。
投稿: alex99 | 2006年10月29日 02:18
alex さん:
>美空ひばりの偽バージョンもあったらしいけれど、名前は思い出せませぬ。
見つかりました。「美空ひはり」 のようです (^o^)
http://isaonaka3.web.infoseek.co.jp/old/hp-furoku-13.html
投稿: tak | 2006年10月29日 09:24
こういう人の歴史や時代を感じるお話は、自然とのめり込んでしまうなぁ。
読んだ後も、コーヒーの残り香を楽しんでいるかのような余韻が心地いい・・
投稿: コロスケ | 2006年10月29日 10:33
朝からミスターボージャングルの話に魅せられました。
ジェリージェフ、『果てしなき旅路』聴きますね。
でも、最後の鳥島千代子に至る、落ちのつき方が、なんか、笑っちゃう。
そのこと、深く噛みしめますね。
投稿: KEICOCO | 2006年10月29日 11:33
コロスケ さん:
確かに、「時代を感じさせる話」 ですね。
「古き良き時代」 というのは、もっとずっと昔の話かと思ってたんですが、自分の生きた時代がそんな風に感じられるとは、思わなかったなあ。
投稿: tak | 2006年10月29日 15:20
KEICOCO さん:
いろんな人がカバーしてますから、聞いてみてください。
それぞれのバージョンで、ボージャングルじいさん、いい味出してますよ。
投稿: tak | 2006年10月29日 15:22
初めまして。熊本在住三児の父、水処理屋にして、元々はベーシスト、現在フラットマンドリン練習中の福地 寛と申します。
近々学生時代のサークルの45周年記念コンサート出演に向けミスターボージャングルを練習しておりまして、
MCのネタにいろいろ調べていたところGoogleに導かれてこちらにお邪魔しました。
訳詞だけでは伝わらないこの歌の物語を教えて頂いて、またなお永六輔さんとの逸話もまた素晴らしいお話で感動させて頂いております。
宜しければ、私のFacebookにリンクを張ってご紹介させて頂きたく、ご承認のほど宜しくお願いします。
投稿: 福地 寛 | 2012年9月 6日 08:50
福地さん:
リンクは歓迎です。どうぞよろしくお願いいたします。
楽しい演奏ができますように!
投稿: tak | 2012年9月 6日 21:48
ありがとうございます。早速ご紹介させて頂きます。
投稿: 福地 寛 | 2012年9月 7日 10:48
大好きな曲の謎解き、大変興味深く読ませていただきました!当方ただのど素人の弾き語り好きです。
ありがとうございました。
投稿: 才谷屋 | 2014年8月13日 07:45
才谷屋 さん:
コメント、ありがとうございます。
この歌は、音楽界の世界遺産にしてもいいぐらいです。どうぞ歌い、語り継いでください。
投稿: tak | 2014年8月13日 11:45