なんでまた 「天地無用」 なんて言うのか
小難しいことでもわかりやすいように表現するのが物書きの務めだと思っているので、私は「天地無用」という言葉が好きじゃない。
「ひっくり返すな」と簡単に言えばいいのに、わざわざ妙な言い回しをして、「どちらが上でも下でも構わないという、まったく逆の意味に取り違えられやすくしている。
実を言うと、私も若い頃は「天地無用」の意味がわからなかった。学生時代にバイトをしていた頃、ひっくり返しても差し支えないなら、わざわざ仰々しく表示する意味がないだろうと類推し、結果 OK だった覚えがある。
以来、「天地無用 は、運送業界独特の符丁みたいなものなのだろうと納得していた。普通に考えたら、「上下がどっちかを考慮するのは不必要」という意味に取るのが自然なのに、実はその逆の意味なのだから、かなり変てこな符丁である。
で、近頃急に思い立って調べてみて、この変てこさにはそれなりの根拠があるということがわかった。
まず、「無用」というのは「他の語に付いて、してはいけない意を表す」という用法がある。これは前から承知していた。例えば 「立ち小便無用」の貼り紙があったら「立ち小便するな」で、「落書き無用」だったら「落書きするな」という意味である。「問答無用」などの「不必要」 という意味より、一段強い意味合いである。
で、「天地無用」となると「天地するな」という意味になる。じゃあ「天地する」という動詞的用法があるのかというと、何と、あったのである。
「天地する」 で検索してみると、Linguistic Simple Questions 7 というウェブページが見つかって、そこには、次のようにある。
江戸時代の式亭三馬著(1810) 『早変胸機関 (はやがわりむねのからくり)』の文中では「天地する」という表現が出てきます。これは裾廻しの下の部分は摩れたり汚れがつきやすいところから、仕立て直すときは、上の部分を下にひっくり返したそうです。そこから上下逆にすることを意味するようになったと言われています。
なるほど、上下を逆にする、つまり、ひっくり返すことを「天地する」と言ったのか。本来なら「天地逆にする」と言うべきところなのだろうが、「裏表を逆にして着る」ことを「裏表に着る」なんて言うので、それと同じようなことなのだろう。
ならば、「天地無用 = 天地するな = ひっくり返すな」 ということになる。決して、まるっきり変てこな符丁というわけではなかったのだ。
「天地する」という死語は、「天地無用」という言葉の中で、かろうじて首の皮一枚つながっていたのである。かといって、わかりにくさに変わりはないけれど。
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コメント
お邪魔します。がんなむぅです。
どっきり!
“天地無用”は、天地を考えなくてもいいよ!と思ってました。
仕事上、垂直水平に出荷品を取扱うことが当たり前なもので、『天地無用』シールは使っておりません。だからこそ、ウチには『天地無用』シールなんかありえない、と思っておりました…。
シール代ケチっているだけのことですかねぇ?
すっかり勉強になりました。ありがとうございます。
投稿: がんなむぅ | 2007年1月 9日 21:18
農業関係では天地という言葉はまだ生き残っています。
天地返しという言い方で使われることが多いですが、土の表層と下層を入れ替えるといった意味として今でも使われています。
投稿: くわ | 2007年1月 9日 21:30
続けて、ごめんなさい。
糠床や味噌を醸成させる手法に、『天地返し』という言葉があります。
今、ネットでチラッと見たところ、園芸や不動産にも、『天地返し』が存在するそうです。
私はここら辺で、『天地』の混同、誤用に及んだものと推測します。
投稿: がんなむぅ | 2007年1月 9日 21:36
がんなむぅ さん:
>“天地無用”は、天地を考えなくてもいいよ!と思ってました。
普通、そう思いますよねぇ!
ただ、「そんな事に仰々しくシール貼るか?」 と考えると、「待てよ…」 となるので、「まあ、念のため、注意して運んどくか」 となりますね。
「天地返し」 は、くわさんからも情報が寄せられてますね。
投稿: tak | 2007年1月 9日 22:10
くわ さん:
「天地返し」 は、私もどっかで読んだか聞いたかしたことがありました。
よーく耕耘することと言っていいでしょうかね。
ただ、それなら 「天地無用」 も 「天地返し無用」 の方がわかりやすいですよね。
投稿: tak | 2007年1月 9日 22:12
はじめまして、綾川ほとりです。
英語圏で "This side up"(この面を上に), "Do not turn over"(ひっくり返すな)のようにシンプルに表されるのを考えると、「天地無用」は確かに分かりにくいですね。英語での表現と違い、荷物の注意書き以外で見る機会のない専門用語だというのも、分かりにくさを助長する原因の一つだと思います。
投稿: 綾川ほとり | 2007年1月10日 23:52
綾川ほとり さん:
>英語圏で "This side up"(この面を上に), "Do not turn over"(ひっくり返すな)のようにシンプルに表されるのを考えると、「天地無用」は確かに分かりにくいですね。
ゆうぱっくでは、「逆さま厳禁」というシールだそうで、これは私はヒットだと思います。
最も単刀直入でわかりやすいのは、 "This side up" ですね。
それぞれの言語圏で、単純に表現しやすい得意分野があるみたいですね。例えば、「雨天順延」は中国語が一番わかりやすい。
英語だと、"In case of rain, to be postponed until the next fine day"
もっとも、これについては、私、3年近く前に批判的に書いてます。(下記参照)
http://homepage3.nifty.com/tak-shonai/y_cracks/yc04/c404.htm#19
投稿: tak | 2007年1月11日 01:25