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2007年4月 2日

「強制するまでもない」 ことだったんだろう

教科書検定で、沖縄戦の集団自決が「日本軍に強いられたもの」とはいえないとして、修正される動きが目立っている。

軍による強制の有無については、いろいろな見解があり、すべてのケースを一括りに論じることも不可能だろうが、私は少なくとも「公式の命令」はなかったろうと思っている。

しかし、公式の命令がなかったということが、即ち住民が勝手に集団自決したということではない。要するに、「強制するまでもないこと」だったんだろうということだ。公式に命令したことではないが、「お前ら、わかってんだろうな」的な視線がいろいろな方向から浴びせられていたということだ。

「お前ら、わかてんだろうな」という視線は、軍部からのみ一方的に浴びせられていたわけではないだろう。住民相互のレベルでも、おそらくあったはずなのだ。だからこそ、そんなにも見事に集団自決が遂行された。

あの戦争は、一種のマス・ヒステリーだったんだと、私は解釈している。決して軍部だけが暴走したわけではない。軍部に人材を供給していたのは、国民である。国民の大部分が、戦争をしたくてたまらなかったのだ。「鬼畜米英」「打ちてし止まん」の大合唱をしていたのは国民である。

以前にも書いたが、私の父は特攻隊崩れである。志願して予科練に行き、そこで特攻隊に選抜された。とはいいながら、当時既に乗れる飛行機はなく、地上戦で爆薬を背負って敵陣に肉弾攻撃をする訓練に明け暮れていた。幸か不幸か、本土に米軍が上陸する前に戦争が終わったので、私という人間もこの世に存在するのだが。

父が特攻隊に選抜されたのは、志願したからである。志願したのは「全員志願するというのが、わかりきっていたから」だ。建前で志願したところで、実際に選抜される確率は低い。案に相違して、発表された特攻隊の中に自分の名前を見たときは、「背中からどっと冷や汗が流れた」という。

その瞬間、周りから「おめでとう」の祝福が押し寄せ、胴上げされた。宙を舞いながら、父は「何がめでたいものか」と思った。ところが地面に降りた瞬間には、既に死ぬ覚悟が決まっていたと述懐する。

選択の余地もなく特攻隊に「志願」し、死ぬと決まると「おめでとう」と祝福の胴上げをされるという、まさに「マス・ヒステリー」としか言いようのない状況が、当時あったのだ。

その狂気を、「悲惨」とみるか、「美しい」とみるかは、自由である。強制すべきことではない。かくいう私も、確かに「悲惨」とは思うが、ある種の「美しさ」みたいなものを、僅かながら、そこに見てしまうことを否定できない。

「誤りであった」と決めつけることは簡単である。しかし、事はそんなに単純ではない。決めつけは、マスヒステリーの第一歩である。複雑さを複雑さのままに受け入れることが、歴史の教訓を本当に生かすことだと思うのだ。そうしてこそ、本当に冷静な判断を下すことができる。

ところで、今回の東京都知事選で、私はつい最近まで、石原氏の三選はないだろうと思っていた。ところが、ここに来て、自分の予想に自信がなくなった。浅野氏のインパクトが、思ったよりずっと小さいからである。

浅野氏は、戦術的な誤りを犯していると思う。「ベビーフェイス」でありすぎるのだ。石原氏の「ヒール人気」は、まだそれを上回っているようだ。それに、東京都民の中には、12年前にあの青島幸男氏に投票するという愚を犯した人たちも、まだまだ大勢生き残っているし。

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