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2007年5月19日

事件は現場で起きているのだが…

母が亡くなったのが先週の木曜日で、葬儀の行われたのが日曜日、そしてつくばの地に戻ってきたのが今週の月曜日で、たまっていた仕事をひとまず片付けたのが水曜日。

世間の情報からかなり隔絶された 1週間を抜け出してみると、「日本の家族」があちこちで変なことになっているじゃないか。

母親の首を持って自首した男の子、赤ちゃんポストに赤ちゃんじゃない子供を入れちゃった父親、バイクの座席下のヘルメット入れに赤ん坊を入れて死なせた両親、あげくに、拳銃をもって自宅に立てこもったオヤジ。

寿命を全うした人間のために、家族、親戚、友人、近所の人たちなど、皆集まって、追悼の日々を送っている間に、日本のあちこちで、家族を殺したり、捨てたり、傷つけたりする事件が頻発していたというのは、私にプリミティブな感覚ギャップを生じさせた。

いつもの精神状態ならばこんなにはならないのだろうが、今回はかなりセンチメンタルな部分でニュースを受け止めてしまった自分がいる。

「シンクロニシティ」という言葉がある。「同時性」とか「共時性」とか訳されている。卑近な感覚で言うと、「似たようなニュースは、続けざまに起きる」ということだ。飛行機事故なんかは、なぜか固まって起きるような気がするし。

「家族を傷つける」というのは、そりゃあ、昔からなかったわけじゃないが、こうまでショッキングな形で現われると、やはり何か根本的な原因があるんじゃないかと考えるのが普通である。

「事件は現場で起きている」というのは確かなことだが、その根本的な原因は、現場を見ているだけではわからない。その奥を見なければならない。しかし、最近の事件を分析して安易に普遍化してしまうのも危険だ。

確かに、「家族や地域の結びつきの欠如」とか「強すぎる母親」とか「父親の存在の軽さ」とか「社会的格差の増大」とか、いろいろなことが言われる。しかし、その程度のことは、誰だって言える。如実に目に見えることなのだから。つまり、それらはむしろ「結果」であって、まだ「原因」 というところまで迫ってはいない。

「家族や地域の結びつきを強めましょう」とか、「母性愛の復活」とか、「父親の威厳を取り戻しましょう」とか、「社会格差を是正しましょう」とか、いくら声を大にして言っても、あまり意味はないのである。原因に迫らないで結果のみを是正しようとしても無駄だ。

原因は、やはり人間の「心」の問題である。それも、昨日今日の問題ではない。

 

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コメント

「家族の結び付き、父の威厳」で思う所があります。
昔は「長男は父の跡を継ぐ」が基本で、常にそばにいる存在であり、
師であり、越えるべき壁であったのではないでしょうか。 それが今や、
「父と同じ仕事だけはしたくない」「親と一緒に行動するのはダサイ」
という声の方が多いようです。 この変化は何によってもたらされたのか?

私が思うに、1つの要因として、世の中の変化が加速してしまった為に
所謂ジェネレーションギャップがどんどん拡がってしまい、
それがある許容範囲を超えてしまったが為に、
子が親を手本、目標として見る事が出来なくなってしまった、
というのがあるのではないでしょうか?

いまや兄弟でも3つ離れれば話が合わなくても不思議ではない程です。
会社の先輩後輩でもノリは違います。
それによって年齢層の極近い物同士だけでの行動が増えます。
しかしながら、それでは、先輩の体験談、苦労話、教訓、
これから何をなすべきか、のようなためになる話を聞く機会も無く、
「今」が「未来」に繋がっていきません。
実際、冠婚葬祭等のマナーですら親から子に伝わるのではなく、
「世の中の常識はネットや書籍で調べる、伝える」
という流れになっております。
家族の繋がりより、ネット上での繋がりの方が強くなってきております。
すでに家族を前提とした社会構造としては退化しつつあるのではと思う次第です。

投稿: bono | 2007年5月22日 12:44

bono さん:

親の世代が、自ら親のポジショニングを低下させているような気もするんですよ。

例えば、最近「親学」というものの提言がありましたが、リベラル派からはさんざん悪し様に非難されていました。

で、私は、どんなひどい内容なのかと、ざっとニュースを見てみたんですが、そんなにひどい内容でもないじゃないですか。

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070426k0000m010157000c.html

うちなんか、三人の子供に一滴も人口ミルクを与えないで母乳だけで育てたことを誇りにしてるんですけどね。

なんてことを書くと、体質的に母乳の出にくい女性を差別してるなんてことを言い出す人が … ^^;)

投稿: tak | 2007年5月22日 22:19

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