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2007年7月13日

伝統的な「会社帰りの飲み会」の悲劇

朝日新聞によると 、若者を中心に「酒離れ」が進行しているんだそうだ。ビール主要 5社の今年上半期のビール関連飲料出荷量が、過去最低になったという (参照)。

そういえば、私もビールはあまり飲まなくなった。今年は缶ビールで 10本飲んでいないと思う。(どうか私を「若者」と言っておくれ)

記事を読む限り、確かにビール類の消費は徐々に減っているようだ。しかし、それをもって「酒離れ」と言っていいのかどうか。酒全体のデータがなければ、「ビール離れ」なのか「酒離れ」なのかわかるまいと思い、探してみたら、こんなページ が見つかった。

日本酒造組合中央会の 「酒類消費数量の推移」 という統計である。これによると、確かに、平成 6年から 16年の間の 10年間で、酒類消費はかなり減っているということがわかる。主要なカテゴリーで増えているのは、焼酎だけだ。

いわゆる「ビール類」ということでは、本物のビールの激減を、発泡酒が補ってまだ足りないということのようなのだ。

しかし、これを「酒離れ」と言っていいのかどうか。ちょっと疑問だ。もしかしたら「飲み会離れ」なんじゃないか。

「会社帰りの飲み会」という文化が衰退しているだけなんじゃないかと言う気がする。会社の同僚、上司と部下というメンバーによる飲み会というのが、急速に減ってきているのじゃなかろうか。

「最近の若い社員は、飲み会に付き合わない」とよく言われるようになった。しかしそれは、若い社員ばかりじゃない。私も会社帰りの飲み会は嫌いである。大嫌いである。サラリーマン時代には、できるだけ付き合わないようにしていた。

なんで勤務時間が終わってまで、代わり映えのしないメンバーで酒を飲まなければならないのだ。そんな連中と飲んでも、せいぜい仕事の愚痴か、逆に上司の自慢話を聞かされて、うんざりするだけだ。

「一緒に酒を飲んで、初めてお互いがわかりあえる」と言って、酒を強要する人種がいる。私は酒に酔って初めてわかるようなことなど、わからなくていいと思っている。そんなことは、実は酒なんて飲まなくても大抵見当がつくし、わかったところでどうしようもないことだ。

そんな連中と下劣なレベルでの共犯意識をシェアして、いったいどうなるというのだ。

今だから言うが、私は「会社帰りの飲み会」に付き合わなくて済むように、サラリーマン時代 「酒を飲めない体質」を装ったりもしていた。気のおけない友人同士の飲み会では、しっかりと飲んでいたのだけれど。

で、統計をちょっとみればわかることだが、消費減少の目立つ酒というのは、伝統的な 「会社帰りの飲み会」での定番なのだ。ビール、ウィスキー、日本酒等々。

ところが、家に帰ってからの晩酌の定番、発泡酒、焼酎などは伸びているじゃないか。また、日本酒でも全体としては減っているが、一部の吟醸酒への注目は高まっている。「宮仕えの酒」は減っているが、「私的な酒」は、決して減っちゃいないのだ。

普通の考え方では、景気が回復すれば酒類の消費も増えるはずなのだが、どうやらそうなっていない。つまり、大きな声じゃ言わないが、「会社の同僚、上司なんかと飲みたくない」という意識が、統計数値としても表れてきているということなんじゃあるまいか。

飲み会で強要されないから、自然に飲む量も「無理のない適量」に抑えられる。お酒のメーカーも、この方向での商品開発に向いているようだし。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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