機械と職人技のパラドックス
宮大工のかんなをかける技術は、ミクロン単位の正確さを誇り、木工機械よりずっと優秀だと言われている。
私はこれまで、木工機械の方が精密な加工ができるのだろうが、そんな精巧な機械はべらぼうに高額になるので、(失礼ながら)宮大工の方が安上がりなのだと思っていた。
つまり、いくらなんでも、ものすごい金をかけてものすごい優秀な工作機械を作ってしまえば、人間技よりも精巧な物作りができるのだが、そこまで大金をかけるよりも、職人芸でこなす方が低コストなので、現状は手作りに頼っているのだと思っていたのである。
ところが、実はそうじゃないらしい。機械はまだ、想像を絶する職人技に追いついていない部分が多々あるようなのだ。まるで、スーパーコンピュータがまだ将棋で人間に勝てないというのと、相似形をなすような関係である。
東京大田区は、「ものづくり」に秀でた元気な中小企業の集積があることで知られている。バネとか、ファンとか、ノズルとか、注射針とか、とにかく、最新鋭の製品に欠かせない精密な部品の生産を得意とする企業が、少なからず存在する。
そうした中小企業には、ものすごいまでの技術の持ち主がいるらしい。工業製品の宮大工みたいな存在だ。中には、「神の手」 と称されるほどの壮絶な職人技もある。
例えば、コンピュータ制御で製作した精密なファンが、現場でどうしても回らないという不具合が生じる場合がある。ところが、「神の手」 をもった職人は、そのファンを触ってみただけでミクロン単位のゆがみを検出し、ハンマーで 1~2回、コンコンと叩くだけで、立派に回るものにしてしまったりということがあるというのだ。
驚くべき壮絶技術である。
しかし、こうした壮絶技術は、伝承しなければ消えてしまうのである。そして、今まさに、消滅の瀬戸際に立たされている技術も少なくないのだ。何とかして次代に伝えなければならない。
いつの日か、機械の性能が全面的に職人技の壮絶技術を上回る時が来るまで、なんとかしてそれを絶やさないようにしなければならない。職人技を上回る可能性のある最初の工作機械は、重要なポイントで職人技の要素を注入して作られるだろうからだ。
壮絶技術の職人技をきちんと伝承しなければ、機械が職人技を上回る日は永遠に来ないかもしれないのである。不思議なパラドックスである。
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コメント
そんなのちっとも科学的じゃない……と思うんですが、実際のところ、いまだに
(人間も含めた)自然>>>>科学技術、
ということなんでしょうね。
投稿: 山辺響 | 2007年10月17日 09:45
お邪魔します。おひさしぶりっす。生きてますよ!
知り合いの大工さんが仰ってました。「機械は便利になっているんだろうケド、微妙なところで融通が利かん!」…。
なるほど!
投稿: オッチャン | 2007年10月20日 07:43
オッチャン:
>「機械は便利になっているんだろうケド、微妙なところで融通が利かん!」
機械は段取りが面倒ですからね。
ちゃちゃっと小回りのきくことをする場合は、機械なんて使う気になれませんね。
葉書の宛名書きで、何十通も書くときは 「筆まめ」 が便利ですが、2~3通だったら、筆まめを起動させるなんてあり得ないようなものかも。
投稿: tak | 2007年10月20日 19:11
山辺響 さん:
ごめんなさい。コメントを見落としていて、レスが遅れました。
>そんなのちっとも科学的じゃない……と思うんですが、
手触りでミクロン単位の誤差を見分けるというのは、眉唾かもしれませんが、それでも、マイクロファイバー (超ハイデニールの極細合成繊維)を作るノズルは、手作業で作ってるらしいです。
なかなか奥の深い世界のようです。
投稿: tak | 2007年10月20日 19:16