蕎麦は禅的食物かもしれないが
虎ノ門から新橋に向かってちょうど中間あたりの歩道橋の左側に、「竹泉」 という蕎麦屋がある。知る人ぞ知る本陣坊グループの一つで、結構うまい蕎麦が食える。
今回は別に本陣坊の宣伝をするわけじゃない。かなり前、竹泉で目撃したおもしろいお話を紹介しようと思うのである。
あれは少なくとも 17~8年前のことである。この竹泉という店に入ったのは午後 2時頃で、人気店だけに昼時は行列ができるのだが、その時分はさすがに空いていた。
私が注文してすぐに、米国人とおぼしき若い男女 4~5名が来店して、隣の席に着いた。そのうちの 1人がせいろそばを人数分注文すると、蕎麦がいかに日本精神を代表する食べ物であるかをとうとうと力説し始め、「蕎麦と禅ブッディズムには共通点がある」 などと言っている。
程なくして彼らの席に注文の品が届き、それぞれが神妙な顔をして蕎麦を手繰り始めた。なにしろ、「禅ブッディズム」の神髄たる食い物なのだから、それなりのリスペクトを表して頂かなければならない。彼らの日本理解にかける真摯な態度がうかがわれた。
その真面目さは大いに評価するのだが、しかし、それにしてもなんだか変だ。どうも雰囲気がおかしい。このぬぐいがたい違和感は、一体何だ?
少し落ち着いて、その正体がようやく知れた。彼らは全員、音を立てず、必死に「もぐもぐ」と蕎麦を食っていたのである。さしもの日本通のリーダーも、蕎麦を「つるつる」とすすることまではできないようなのだ。
その後、私も中国系米国人に蕎麦を食わせてやったことがあるのだが、「音をさせても一向に構わない。いや、むしろ多少の音を立てるのが蕎麦の食い方だ」と、いくら説明しても、「本当か、からかってるんじゃないか?」と、なかなか信用してくれなかった。
「麺類をすする/すすらない」 というカルチャーギャップは、日本人が想像する以上に大きいようなのだ。
とはいえ、蕎麦をことさらに音を立ててすするようになったのは、ラジオが普及した昭和中期以後からだという説がある。ラジオの中継では身振りが見えないので、噺家が蕎麦をすする音を大きめに演出したのが、そもそもの始まりらしい。
だから、実際に蕎麦を食うときは、「ズルズル」ではなく「ツルツル」ぐらいがちょうどいいようだ。
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コメント
お邪魔します!ご無沙汰です!10月1日より社会人復帰のオッチャンです。(失業モラトリアムの楽しみが、そば喰いでした)
ウチの子、上手にそばすすりますよ!あるお店のご主人がほめてくださいました。
これからは、そばを食べに出かける機会が、少なくなってしまいます…。(お昼は持参のお弁当ですから!)
投稿: オッチャン | 2007年10月14日 01:48
よく考えてみたら、これはやはりウソになりますね。
私と同様、音楽関係の友達は、かなりアイビーでした。
投稿: alex99 | 2007年10月14日 11:22
おっちゃん:
社会人復帰、おめでとうございます。
でも、中年でのモラトリアムは、いい経験だったと思いますよ。
>(失業モラトリアムの楽しみが、そば喰いでした)
蕎麦屋は時間ずらして行くと、なかなかいいもんですからね。
>ウチの子、上手にそばすすりますよ!あるお店のご主人がほめてくださいました。
それは見どころがありますね。
立派な蕎麦食いになってもらいたいものです。
投稿: tak | 2007年10月14日 23:48
alex さん:
これは、翌日付へのコメントですね。
アイビー全盛は、私よりオリンピック一つ年上の世代だったように思います。
私はどちらかというと、ウェストコーストの影響の方が強いです。
投稿: tak | 2007年10月14日 23:55