年の瀬に、健康について考えた
平成 19年も、いよいよあと 24時間を切ってしまった。長年寝たきりだった母が、5月に亡くなってしまい、それからあっという間に年の瀬を迎えたような気がする。
そうこうしているうちに、今年も当コラムの「毎日更新」を達成。これで 4年連続、掛け値なしの毎日更新となった。
2年とか 3年とか連続更新を達成した頃は、「我ながら、よくもまあネタ切れもせず……」と思っていたが、4年も続けてしまうと、ネタだのなんだのいう以前に、我が身が健康であることがありがたい。
私の場合は、この "Today's Crack" だけではなく、もう一つ 「和歌ログ」という文芸サイトまでやっていて、こちらも 4年以上、毎日毎日和歌を一首ずつ詠み続けるという酔狂だ。どちらか一つなら、多少寝込んでも毎日更新は続けられるだろうが、2つを継続するとなると、やはり、ネタ以前に健康の勝負である。
今でこそ風邪をひいても一晩ぐっすり寝ればなんとかなると思いこんでいて、実際なんとかなるぐらい丈夫なのだが、子供の頃はけっこう虚弱児だった。すぐに腹をこわしてしまう子で、運動も苦手だった。運動会ではいつも、ビリから二番目だった (もっと遅い子もいたのだ)。
丈夫になったのは、中学校 2年頃からである。その頃、我が家が引っ越しをし、本来なら転校しなければならなかったのだが、なんとなくそれは嫌だったので、越境通学をしたのである。約 4キロの道のりを、毎日重い鞄をぶら下げて、1時間近くかけて歩いて通った。
あんまり真面目な生徒じゃなかったので、帰り道は必ずどこかに寄り道をするから、往復すれば 10キロ近くになる。時間にして 2時間ほどだ。とくに朝は遅刻しないように早足で歩いていたから、自然に体が鍛えられてしまったようなのである。
春から秋まではまだいい。問題は冬である。庄内のこととて、しかも今のように地球温暖化に至っていない頃だから、冬の間は根雪になっている。そしてしょっちゅう吹雪である。よくまあ、毎日通ったものだ。
で、気付いてみると、私はいつの間にか健康になっていて、無欠席で皆勤賞をもらった。苦手だった運動会でも、先頭でゴールのテープを切るようになっていた。いかに女の子たちにアピールするような形でテープを切るかを、余裕を持って練習できるようになっていたのだから、変われば変わるものである。
で、この実体験からも言えるのだが、歩くということは、本当に健康にいいようなのである。近頃は、どこに行くにも車で行くようになってしまったが、改めて、なるべく歩こうと思うのである。
こうして毎日ブログを更新していて、頭の方はなかなか呆けないだろうけれど、体の方の健康も、可能な限りは維持したい。寝たきりの母の介護は少しだけさせてもらったが、自分が寝たきり老人になるのは、真っ平ご免なのである。
とまあ、55歳にもなると、たまにこんなことを考えてしまう。それにしても、私の子供の頃の 55歳の男といったら、それなりに老人じみていたがなあ。自分がなってみると、まだまだ青くささが抜けきらない。
というわけで、大晦日のお約束の言葉を述べる段になった。明日は元旦だが、喪中のため新年らしい挨拶は控える習わしなので、今日のうちに、この言葉をしっかりと発しておこう。
皆様、本当に本当に、よいお年を!
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