「ロボット・ギター」 という発想
ギブソンが "Robot Guitar" という新製品を発表した。面倒くさいギターのチューニングを、自動でやってくれるのだという (参照)。
その CM を こちら 見られるのだが、なんだかマーケティング発想的にずれてるような気がするなあ。それとも、米国で "Robot" というと、どうしてもこうなっちゃうのか。
そもそもの話から入れば、音階というのは「純正律」と「平均律」というのがあって、ピアノなんかではプロの調律師でも、その二つの微妙な「妥協」によって、自然に聞こえるピッチにするのだという。(これに関しては、以前「純正律と平均律」というタイトルで書いている)
だから、周波数だけを問題にして、完全にデジタルに「平均律」で調整してしまうというのも、なんとなく「f 分の 1 のゆらぎ」がなくなってしまうような気がして、「大丈夫なのかなあ」という気もする。
とはいいながら、ギターのチューニングは、確かに面倒くさい。亡くなった高田渡にしても、以前、雑誌のエッセイの中で、チューニングを自動でやってくれる装置がないかなあとぼやいているのを見たことがある。
それに、いくらデジタルでぴっちりとチューニングしても、ギターというのは弾いているうちに、チョーキングなどで無理矢理引っ張ったりするので、絶対に微妙にずれてくる。その「ズレ」がいい味になったりしちゃうかもしれない。
前置きが長くなったが、私が冒頭で「マーケティング発想的にずれてる」と書いたのは、この製品の CM についてである。
CM は、ギター工場の終業で、多くの労働者の中に混じって、この「ロボット・ギター」が出口に向かい、守衛に呼び止められると、あっという間にペグが廻ってチューニングされ、そこで退出を許可されるというものだ。
ふぅん、これって、技術者系には受けても、ミュージシャンの心の琴線に触れることはないと思うがなあ。
「ロボット・ギターって、こんなにコンパクトで、こんなにすごい技術なんですよぉ!」というメッセージは伝わるかもしれないが、実際のユーザーであるミュージシャンに「おぉ、使えるじゃん!」というメッセージを発信していないと思う。
あるいは、この CM は第一弾で、今後シリーズで「おぉ、使えるじゃん!」に近付いて行くのかも知れないけれど、それにしても、 "Robot Guitar" というネーミングからして、ハードウェア発想が過ぎるような気がするがなあ。
ヤマハだったら、絶対に別の商品名にしちゃうと思う。欧米と日本の感覚の差なのかなあ。
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