「ガラパゴス化」 再考
一昨日の 「ガラパゴスという言葉」 を書いてしまってからまた、マーケティングというものについて、いろいろ、つらつらと考えてみた。
マーケティング、とくに SCM(サプライチェーン・マネジメント) 関連の話になると、何につけても「標準化」ということが強く求められるが、それもモノによりけりなのだと思う。
私は本業の方で、繊維業界の SCM 推進なんて国レベルの業務に参加したりしているので、あんまりこういうことを言っちゃうとまずいのかもしれないが、何が何でも SCM で、標準化させないと始まらないという考え方には、疑問を感じてしまうのだ。
SCM の世界では、生産プロセスの原料から小売店頭まで、サプライチェーンの情報を共有しなければならず、その情報共有のためには、業務プロセスや言語、情報フォーマットなどは、すべて標準化されていなければならないということになっている。
途中に少しでも方言が入ってしまうと、そこから先の情報は、デジタル・ネットワークにおける共有が不可能になってしまうのだ。
例えば、繊維の世界では、アパレル・メーカーが織物のメーカーや問屋に発注した織物を、「やっぱり要らない」なんて言って、引き取らない (ということは、金も払わない)なんてことが日常茶飯事である。これを業界用語で「未引き取り」なんていう。
こうした前近代的な商習慣をなくして、合理的なものにしないと、SCM は成立しない。だから、「取引近代化」なんてことが、このポストモダンの世の中で、何十年も叫ばれたりしている。
ところが少なからぬ中小アパレル・メーカーは、この「未引き取り」があればこそ、ビジネスチャンスを創出している。大手アパレル・メーカーが引き取らなかった織物を、安く買いたたき、流行のデザインに仕立てて、短サイクルで供給してしまうのだ。
大手のそれなりのブランドの洋服とまったく同じ織物で、それよりちょっとだけ目新しいデザインの洋服を、お手軽にちゃちゃっと作っちゃうのだから、地域の「二番店」と言われるレンジの洋服屋なんかでは、ありがたかったりする。それで商売になる。
だから、こうしたマーケットでは、あまりにも SCM が進展して、「未引き取り」がなくなってしまうと、ビジネス・モデルが崩壊してしまうのである。SCM のない方が、ビジネスはしやすい。
市場というのは、ある意味、生態系のような様相を呈している。その時々で、それなりのバランスが取れている。その中の一部を「改善」しようとすると、それを機にバランスの崩れが次々に発生してしまい、新たなバランスがとれるまでは、とてもアンバランスな状態になる。
サプライチェーンの一部に、米国で成功を収めたモデルを適用しようとすると、外来種が入ってきたときのような混乱を生じる。多くは日本のマーケットに適応できずに姿を消すが、時には大きな力を発揮して、競争に打ち勝ってしまうこともある。そんなときには、在来種は絶滅に瀕したりする。
日本というのはただでさえ特殊なところのある市場なのだから、単純に海の向こうのビジネスモデルを適用しようとしても、うまく行くはずがない。逆に、既存の生態系(?)が余計がんばってしまったりする。
それに、なにしろ生態系じみているのだから、多様性が確保されていないと、市場そのものが活気を失ってしまいかねない。
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