「何でこんなことがわからん?」
「何でこんなに当たり前のことが、わからないんだ」 と、腹を立てる人がいる。自分には 「当たり前」 でも、他の人にはそうでないこともあるということを、彼は理解していない。
そんな人ほど、「わからせるための説明」 は下手である。そして時には、いくら説明してもわからないということもある。
昔気質の職人ほど、弟子には懇切ていねいに仕事を教えるということをしない。「こんな当たり前のことは、見て盗んで覚えろ」 と言う。これも一つの教育論である。教えなくても伸びる弟子は、大変な才能を発揮することが多いし、懇切ていねいに教えなければわからないような弟子は、結局のところ、ハイレベルな職人になる可能性が低い。
しかし、何でも 「見て盗んで覚えろ」 と突き放すのも考え物である。「見て盗んで覚える」 ことのできる才能あふれる弟子に、最初からエッセンシャルな技術を筋道立てて教えると、とても短期間のうちに優秀な職人になる。
昔ほど職人やものづくり技術者志願の若手がいない今の世の中で、昔流の教え方 (教えないやり方) を踏襲しすぎると、優秀な職人・技術者が激減してしまうおそれがある。裾野が広くないと、ピークも高くなりにくいから、それは社会的損失である。
そのため、最近のもののわかった親方あるいは指導者は、「最初からきちんと教える」 というメソッドを重視する傾向がある。そのため、元々才能のある新人は驚くほど上達が早い。やはり、「きちんと教える」 に越したことはないのである。
職人仕事だけでなく、礼儀作法、マナー、望ましいコミュニケーションの仕方、円滑な人間関係の構築の仕方など、社会生活という範疇においても、「初めからきちんと教えておく」 ということは大切だ。それがないと、「あいつは常識がなくて、箸にも棒にもかからない」 なんて言われてしまう。
ただ、最初に触れたように、社会的な問題の 「当たり前」 というのはたった一通りというわけではない。いろいろな当たり前がある。だから、一つの価値観だけを押し付けないということは、前提としておかなければならない。
そして、あるシチュエーションにおいてもっとも妥当と思われる 「当たり前」 を、いくら懇切ていねいに説明してもわからない (あるいは、「頭でわかっても実行できない」) ということもある。
理解力は人並みなのに、どうしてもわからないというのは、どうしてもわかりたくない事情があるのである。問題は、その 「どうしてもわかりたくない事情」 というのを、当の本人が明確にわかっていないということだ。精神分析でいうところの 「無意識」 の領域である。
だから、そうした人には、いくら 「その状況で最も当たり前で最も妥当なこと」 でも、押しつけてはならない。押し付けられると、ますますおかしなことになる。どうせ身に付かないし、プレッシャーに負けそうになって、「自分は社会生活不適格ではないか」 と悩むことになる。
気の毒な彼または彼女が、「当たり前のことをわかる」 ようになるためには、「どうしてもわかりたくない事情」 を取り除く手伝いをしてあげなければならない。悪いことに、当の本人はその事情を自分で意識していないのだから、それは周囲がわからせてあげる必要がある。
しかし、さらに悪いことに、当の本人は、その事情を自分でもよくわかっていない上に、それをわかろうとすることにも猛烈な抵抗をするのである。「わかりたくない事情をわかりたくない自分」 というのも、金輪際わかりたくないのである。
こうなると、残されるのは精神分析的アプローチか、宗教的アプローチかのどちらかである。精神分析的アプローチが発見されていなかった昔は、宗教的アプローチしかなかった。それもほとんどは 「まじない」 のレベルのメソッドだった。それでも 「効くときは効く」 のだから、たとえ迷信でも退けるほどの理由はなかったのである。
だったら、精神分析的と宗教的の二つのメソッドをうまく組み合わせたら、多くの悩める人を救えるかもしれない。しかし問題なのは、まともな宗教よりも、怪しげな手法で人を洗脳してしまうカルトの方が、このメソッドの有効性にきっちりと気付いているらしいということである。
だから私は、「狂信」 ではなく、穏やかな 「信心」 の方に信頼をおきたいと考えるのである。狂信と精神分析は結構金がかかるが、穏やかな信心は安上がりで、それに副作用も少ない。
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コメント
他人に対して、特に配偶者に「何でこんなことがわからん!?」と思う事があります。大概は、言ってるこっちが、訳わからん理屈を述べてるだけなんですが・・・。雰囲気悪いけど最近思うようになった事は「常識は、全ての人が共通であると思う非常識さ」ですね。業種毎に常識が違っているのは仕方ない事だと思いますが、建築現場などで種々雑多な職種を取りまとめる現場監督が、共通の常識を持たないで一方だけの常識を持って判断する。こりゃ、非常に困った事です。卓上の理論だけを学んできた若い技術者に多いですね。
>「見て盗んで覚える」 ことのできる才能あふれる弟子
昔の職人さんというのは奉公という制度があったそうですね。親方の家へ住み込みで、布団の上げ下げから親方のフンドシまで洗って、職人としての気質を育てられたとか。門前の小僧のように習わなくても覚えてしまうよう経文のように、住み込みの職人見習いは、おおよその基礎となる部分をそうやって身に付け、現場で親方の作業手順を盗んで仕事を覚えられたそうですね。素地があるから応用も出来る事でしょう。
それが、今の時代なくなってきているのでしょうかね。確かに、建築現場で言えば、特殊な職種(技術を要する)でも、マテリアルの発達や材料の改良によって、誰がやっても仕上がりは同じように仕上がるという便利な世の中。誰がやっても同じ品質という事は、消費者としては嬉しい事ですが、伝承されてきた技術が廃れるというのはもったいない気がします。技よりも利益を追求する気持ちが気に入らないこのごろです。
それにしても、言っても言っても、判らない奴というのは、諭してる自分が訳判ってないからだと判ってるのだが、やっぱ、クドクドと言いたくなる。一番、性質が悪いですね。ワカッチャいけるけどやめられない。とスーダラ節のように流していいものか・・・。悩みます。
投稿: やっ | 2008年2月 6日 23:31
やっ さん:
いつもながら、やっさんの現場視点の鋭さには感服です。
「言っても言ってもわからないやつ」 というのは、「わからないこと」 に問題があるのではなく、「わかろうとする気持ち」 にならない (なれない?) ことに問題があるんですよね。
そして、当人はそのことに全然気づいてない。
「わかろうとする気持ち」 ってどんなんだかわからない。なったことないから。
で、その 「わかろうとする気持ち」 を持てないというのは、それなりの理由があるんで、暖かい気持ちでそれを発見して取り除いてあげるしかないんですね。
「わかろうとする気持ち」 ってのも、結局は 「愛」 なんですね。多分、あんまり愛されたことのない人は、「わかろうとする気持ち」 にもなれない。
ある意味、面倒なことですが、「よくわかっちゃう視線」 の持ち主の務めと思って、愛情注いでやるしかないんですよね。 まあ、愛情注ぐのも、人生勉強になりますよ ^^;)
投稿: tak | 2008年2月 7日 14:09
頭から湯気が出そうな勢いで諭して(恫喝か?)る時に、フッと己に落ち度があるんじゃないか?と思った瞬間、己が間違ってたという事実。引っ込みがつかないというか、何と言うか、今までの怒涛の勢いは何だったのか?と言われるぐらい相手に穏やかに語りかける。「ま、キミも反省してるようだし、キミの情熱は伝わるよ。以後、気をつけてくれたまえ」とか言っちゃって、とたんに良い人になりたがる自分。非常に自己嫌悪になるが、その時に、「あ!ゴメン 勘違いしてたよ。ゴメンゴメン」とか言ったら、今までいきり立てて怒っていた相手に失礼かと思って・・・。それって、やっぱ、エゴですかね?。
投稿: やっ | 2008年2月 8日 02:22
やっ さん:
>「あ!ゴメン 勘違いしてたよ。ゴメンゴメン」とか言ったら、今までいきり立てて怒っていた相手に失礼かと思って・・・。それって、やっぱ、エゴですかね?
いえいえ、立派な思いやりですよ。
後で晩飯おごってやったりすれば、もう完璧 ^^;)
投稿: tak | 2008年2月 8日 10:07
ここ2日、風邪こじらして会社休んでいた不届きモノです。(おっ?ニッコリマークがついているし、ときどき表情が変化するゾ?)
過去の職務経験において、指導中の若造君の『なんだ、このことなら、前の会社でやってました!』の一言を引き出したときの(やったら“の”が多いなぁ)、心地よい疲労感!
投稿: オッチャン | 2008年2月 8日 12:32
オッチャン:
>(おっ?ニッコリマークがついているし、ときどき表情が変化するゾ?)
これ、一体何なんでしょうね?
こんな設定した憶えないんですけど。
>過去の職務経験において、指導中の若造君の『なんだ、このことなら、前の会社でやってました!』の一言を引き出したときの(やったら“の”が多いなぁ)、心地よい疲労感!
それはまた、「心地よい」 というより、「こけそうな疲労感」 というか… ^^;)
投稿: tak | 2008年2月 8日 14:23