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2008年2月28日

「ザッハリッヒ」という言葉

読まなくてもいいお話、私の200話」の管理人で、またの名をブログ界の清少納言とも発せられる朱鷺子さんが、「ザッハリッヒ」という古代語、じゃなかった、ドイツ語を使ったエントリーを書いておられる(参照)。

多分、今の若い人たちの、100人中 99人は聞いたこともない言葉だろう。

小学校を卒業する前にビートルズに夢中になった世代の私だが、自分の文章の中で「ザッハリッヒ」という言葉を使ったことは、今日という日まで、多分一度もない。中学か高校でビートルズに初めて触れた団塊の世代でも、使う人は多くなかったと思う。

多分、戦中派のその中でもモダン派の間では、かなり流行した言葉なんじゃないかと思う。私としては、かなり年上の、しかもインテリが、時々 「そういうのを、ザッハリッヒっていうんだよ」とか、「そりゃあ、ザッハリッヒだな」なんて言うのを憶えている程度のことだ。

初めのうちは、それは「情緒がない」とか、「身も蓋もない」というような意味の言葉と思っていた。

ある時、思い立って調べてみて、それはドイツ語で「即物的」という意味だと知った。なるほど、即物的すぎてにべもないというような意味なのだろうと、得心した。しかしそうしたネガティブなニュアンスのほかに、「ザッハリッヒ」にはポジティブなニュアンスもあるらしい。

調べてみると、「事象的、事物に即した、実務的な、要を得た、本質的ななどと解釈すると、随分と聞こえが良い」と解説している、ドイツ在住の方のブログがあった(参照)。なるほど、これなら、そうありたいものだという気持ちにすらなる。

私はドイツ語はからきしで、お恥ずかしいことにドイツ語の辞書も持ってないのだが、念のため、ウェブ上の独英辞書で調べたら、ザッハリッヒ = sachlich の英訳は 形容詞として factual(事実上の、事実に基づく)、副詞として objectively(客観的に)ということになっていた。

ある種の中立的言葉というのは、解釈次第でポジティブにもネガティブにもなる。この「ザッハリッヒ」というのは、ある意味、論理的な客観性を重視するドイツ精神を象徴する言葉でもあるらしい。単に「即物的」と解するのは申し訳ないことのようなのだ。

ちなみに、ケーキのザッハトルテ(sachertorte)は、そもそもの始まりはザッハーという名前のホテルの名物ケーキだったんだそうだ。"Sach" の部分は共通しているが、意味的に関係があるのかどうかわからない。ご存知の方がいたら、ご教授願いたい。

ところで、先にあげた「身も蓋もない」という言葉だが、これは器の身(本体)も蓋もないということで、要するに、何もかもさらけ出している状態というのが語源のようだ。いわば、すっぽんぽんである。

「身も蓋も人もない」なんて地口を言う人がいるが、これは、「三(み)も二(ふた)も一(ひと)も」という洒落である。人もなければ、すっぽんぽんでないだけ、いいかもしれないが。

私なんか、「身も世もなく取り乱す」というのを「身も世も何時もなく……」(三も四も五もなく)とか言うし、「四の五のぬかすんじゃない!」に至っては「四の五の六の七の……」なんて言っちゃう。前者はまだおもむきが感じられるが、後者は、かなりナンセンスなザッハリッヒだな。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

ご紹介ありがとうございました。これは古い記事ですが時々引用などされているようです。特に事始を受けたドイツ法から今でも日本では法律畠ではいまでも概念となっている言葉のようです。上の英訳が複合された感じがありますね。

ザッハートルテのファミリーネームの方はなんとも言えませんが、多くの名前が家業を表していることからすると何でもSACHEを売っている雑貨あ屋ではないかとするのは、あまりに強引過ぎますかね。

投稿: pfaelzerwein | 2008年2月28日 02:32

pfaelzerwein さん:

こんな夜中にレスポンスしてくれて、ありがとうございます。
…… と、一瞬思いましたが、ドイツは時差がありましたね。

ザッハーさんは、雑貨屋さんかもしれないというわけですね。
発音まで似てるので、ニヤリとしてしまい、「あっそう」を思い出しました。

これについては、以前に書いてます。
https://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2006/09/__d012.html

投稿: tak | 2008年2月28日 07:01

新即物主義 = Neue Sachlichkeitと言います。
これを覚えたのはたしか高校時代で、
現国の教科書か資料集だかに載っていた、
村野四郎の詩の解説にありました。
ところで、alexさんの姿がどこにも見えませんね。
ちょっと心配です。

投稿: かつ | 2008年2月28日 10:11

かつ さん:

村野四郎の作風が 「新即物主義」といわれれば、なるほどなあという気がします。浪漫主義的なものとは、全然違いますからね。

>ところで、alexさんの姿がどこにも見えませんね。
>ちょっと心配です。

前もこんなことがあって、心配していたら飄然と舞い戻ってこられましたので、私は、alex さんは不死身ということで、心配しないことに決めました。

それにしても、もしかしてこれを読んだら、少しは反応してもらいたいですね。

投稿: tak | 2008年2月28日 13:01

 ものづくりの世界ではザッハリッヒとは現場現実主義といわれていました。米国流のサイエンスが入る前の工学ではよく使われていました。トヨタ生産方式にその片鱗が感じられますただし大野さんの原本の話で、今のトヨタ本ではありません。

投稿: シャシー | 2009年3月 5日 20:12

シャシー さん:

>ものづくりの世界ではザッハリッヒとは現場現実主義といわれていました。

これまた、新しい (私にとっての) 情報、ありがとうございます。

>トヨタ生産方式にその片鱗が感じられます

なるほど、わかる気がします。

トヨタ生産方式は、アパレル生産の分野にもアレンジされて (何しろ 「アイシン精機」 というトヨタ系の部品メーカーは、縫製ミシンも作ってますので)、かなりの影響力をもっていました。

この方式を採用している縫製工場を見学して、「こりゃ合理的だ!」 と、目からウロコだったのを、今でも覚えています。

投稿: tak | 2009年3月 6日 11:04

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