早メシ早グソ、武士のたしなみ
本宅サイトにある「赤信号は、本当に皆で渡れば恐くないか?」というコラムで、「私は一人でメシの食えない人は、はっきり言って苦手である」と書いている。
本当に、世の中には「一人メシ」を食うのがたまらなくわびしいと感じる人が、少なからずいるようなのである。
そりゃ私だって、「メシは一人で食う方が好き」というわけじゃない。一家団欒の食事や会食は、楽しいと感じる。しかし私は「一人メシ」も全然苦にならないのである。逆に、ウィークデイのごく普通の昼飯に連れ立ってでかけるというのは、あまり好きじゃない。
というのは、私はメシを食うのが早いのである。「早メシ早グソ、武士のたしなみ」なんて言われるが、私はごく普通の昼飯だったら、まず 3分かけずに食ってしまう。盛りそば程度なら、1分もかからない。時間をかけるだけ無駄だと思っていて、とにかくさっさと済ませてしまいたいのである。
そんなだから、連れだって昼メシ出かけてしまうと、さっさと食い終わって「それじゃ、お先に」とも言いにくいので、つい時間をもてあます。とっくに食い終わっているのに席でぐずぐずしているのは、お店に悪いような気がして落ち着かない。
だから、日常の昼メシは大抵一人で済ませるか、あるいは「こいつは早メシの技を持っている」と認める人間としか食いたくない。そして逆に、もし私が早メシのできないタイプだったとしても、人を待たせるのが悪いから、やっぱり一人で食うと思う。メシを食うときまで、人にもたれかかりたくはない。
そもそも私は、メシを食うということにそれほどの価値を見いだしていないのかも知れない。そりゃ、おいしいものを食べるのは好きである。しかし、ことさらに美食をしようとは思わない。英国人ほどではないにしろ、必要に迫られて食っているだけというようなところがある。
その分、「ハレとケ」の区別はしっかりしていて、たまに会食をする機会があったりすると、かなり気合いを入れて食う。しかし、日常の食事はなるべくあっさりと済ませたい。仕事の途中の昼メシなんていうのは、その最たるものである。
近頃、早メシのできる人とできない人の差は、口腔の容積で決まるという話を聞いた。一度に目一杯ほおばって、ワシワシと噛み、一気に飲み下すことのできるのは、口の中の大きな人なんだそうである。なるほど、そうかもしれない。
確かに私は一度にかなりの量をほおばって、しかもしっかりと噛む。多分、顎が丈夫なんだろう。相当にワシワシと噛む。そして一気に飲み下しても胸につかえるなんてことはない。ありがたい遺伝子である。
一方、私の妻の家系は、全員早メシができない。確かに口の中の奥行きがない遺伝子のようなのである。ありがたいことに、妻も「一人メシ」が苦にならないタイプだから、あまりいらいらしないで済む。
それでもたまに妻と外食するときは、私はたくさん話をしながらゆっくり食う人になる。その時だけ、私と妻との口数に、ものすごい差が付く。
それを見て、私がおしゃべりで妻が無口と誤解されると、ちょっと困ってしまうのである。
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