« クールビズのパラドックス | トップページ | 京都で歴史を思い、時間を忘れる »

2008年7月21日

父親を殺すことで自分を罰した少女

中学 3年の少女が寝ている父親を刺殺したという埼玉の事件は、一見わけがわからないだけに、複雑な要素を多く含んでいる。

他人からばかりでなく、母親から見てもごく普通の父と娘という関係だったというのだが、ここまでの「ハードランディング」をしたからには、それなりの背景があるはずだ。

刺殺事件を「ハードランディング」 と表現したのには、わけがある。私のブログの過去記事に、今回の事件のために書いたかのようなエントリーがある。3年前の 1月の、「自然も人間もハードランディング」 という記事だ。

気象予報士の森田正光さんによると、「自然はいつもハードランディング」なのだそうだ。「最近、自然界がおかしいんじゃないの?」と言う人が多いが、森田さんに言わせると、それは「おかしい状態から普通の状態に戻る動き」かもしれないというのである。

例えば長時間かかってゆがみの蓄積された地殻が、ついに耐えきれなくなり、かつてのバランスを取り戻そうとして、溜まったエネルギーを一気に放出する。それが地震である。そして、私はこの記事の中で次のようにも書いている。

あるいは人間もそうなのかもしれない。病理というのは症状に現れたものを指すのだろうが、本当は、症状というのは蓄積された身体的・精神的ストレスを解き放そうとしている姿かもしれない。症状の原因は、健康だと思っているうちに、無意識のうちに蓄積されていたのだろう。

「素直でおとなしいいい子」と思われていたのに、ある時から急に問題行動を起こし始める子がいる。これも「素直でおとなしい子」であった時に、じわじわとストレスが溜まっていたのだ。

ニュースを読む限りでは、今回の女子中学生は周囲の多くの人に、まさしく「素直でおとなしいいい子」と思われていたようだ。その「いい子」の姿を周囲に印象付けているうちに、彼女の中では大変な地殻変動を起こすエネルギーが、着々と蓄えらていたのである。

彼女の心の中にあった地殻のゆがみが、どんなものであったのかは、情報量も限られているのでわからない。わからないけれども、かなり大きなゆがんだエネルギーを、それまで小出しに放出することもなく溜め込んでいたというのは、結果が示す通りである。

限られた情報量の中で、私がまず奇異に感じたのは、彼女の両親が別々の寝室で寝ていたらしいということである。Asahi.com の記事から少し引用してみよう。

午前3時ごろ、別の寝室にいた母親が、長女の「ギャー」という叫び声と父親のうめき声を聞いたため、父親と長男(12)の寝室に駆けつけて部屋の電気をつけると、長女はベッドの上でぼうぜんとし、……(中略) 長男は二段ベッドの上で寝ていて、母親が部屋の電気をつけるまで気がつかなかったという。

殺された父親は、12歳の長男と同じ部屋で寝ていたようなのである。殺される前日は、父親と 2人の子供だけで買い物をし、父と娘が 2人でカレーを作っている。どうも母親の影が見えない。自分の夫と娘の間の目に見えないストレスに満ちた関係に、少しも気付いていなかったというのも、アンテナが鈍すぎるという気がする。

これらの限られた情報だけから判断するのが危険だというのは重々わかった上で、敢えて言うのだが、この家族の関係は、ちょっとだけフツーじゃなかったんじゃないかと、私なんかは思ってしまう。

ここから先は、私の創作したフィクションである。

少女は潜在意識的には、むしろ父親にとても同情していた。だからこそ、「父親が家族を殺す夢を見た」 のである。自分の潜在意識の中にある母親を殺したいという衝動が、そうした夢に形を変えて顕れたことに、彼女は動転した。

彼女が父親を殺したのは、むしろ自分を罰したのである。自分の分身である父親を殺すことで、彼女は自分を死刑にしてしまったのである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

|

« クールビズのパラドックス | トップページ | 京都で歴史を思い、時間を忘れる »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

同感です。しかし、なぜ、こうも簡単に人を殺せるのでしょうか?
自分が殺される、または死んでしまうということを
想像して、死への恐怖を感じないのでしょうか?
私は、いまだに死への恐怖があり、極楽浄土へ向かう
心構えなど、死の直前まで、いや、その時でも、
行くのをいやがるような人間と考えています。

私の子供の時代には、せいぜいサスペンスの殺人事件が、
身近な殺人した。それでも、痛さ、怖さは十分に、
伝わり、死への恐怖があったのです。初めて、自宅の
近所の川で、飛び込み自殺の死体を発見し、その後、
遺体の引き上げまで見てしまった日の晩、遺体の引き上げの
映像が消えることなく現れて、眠れませんでした。
今でも、昨日のように、思い出すことができます。

現在では、TVゲームなどで、痛さの伝わらない殺人が
身近にあるので、簡単に殺人に走ってしまうのでしょうか?
彼女も、なにか、殺人の方法が考えられないので、殺して
しまったのでしょうが、なにかこの事件は腑に落ちません。

同感と書き出しておきながら、最後は、同感でない結論で
申し訳ありません。

日々暑い日が続きます。暑いからこそおいしい、冷たい蕎麦
、そうめん、冷麦をお楽しみ下さい。私は、どうも、冷麦はさけてしまいますが、蕎麦。そうめんは、大好きです。

では。


投稿: ヒロ | 2008年7月21日 14:17


私も「この頃は異常気候だ」とか「地球はどうなってしまったのだ?」等という妄言に対して(心の中で)よく憤るのですが、地球の今までの自然科学的な歴史(全球凍結してアイスボールだったり、ファイアーボール状態だった時代も長い)からみれば、現状は非常に人類に優しい気象条件にあると思います
第一「異常」とは、どのような「正常」に対するものか?
思考停止した人の考え方だと思います
恐竜の住んでいた時代のCO2は、今の10倍あったそうですね

投稿: alex | 2008年7月21日 15:20


私が思うのは、一見「正常」に見えて、どうしようもなく「異常」な人間が一杯いると言うことです

言い換えれば、「人間はその数ほど多様であって、異常で片付けるのは、正常がなんであるか?正常な人間というものが存在するのか? その境界線は何か?」という思考段階をスキップしたものだと思います

死刑囚の精神的ケアをしていた精神科医でもある加賀乙彦さんがその著書で「生まれついての悪人・殺人者というものも実際にいるものである」と書いていました

投稿: alex | 2008年7月21日 15:27

 いかんせん、情報が足りないので感想も妄想の域を出ないけど、普通の家庭というのがすでに定義不能と思うです。
 父子家庭、母子家庭、あるいは家庭内別居などそれらは今はもう全然珍しい事でもなく、それは過去にしても珍しい事じゃなかったとも思うし。

 また、中学や高校の頃に親に対して憤りや不満を持っている子供も沢山いるだろうし。takさんが書いている地震の例のような事だろうかとも思う。

 小さな地震が起きているのであれば、大地震にはならなかったのかもしれないという気はする。エネルギーをため込み過ぎて、でも大概はそれって自然に子供の心の中でそれなりに消化されていくものだと思うのだけれど。

 それがうまく消化されない理由がどこかにあるのかな。

 たぶん、きっかけは些細な事でそういう事の積み重ねなんだろうと思うと、本当に普通の日常の中に突然狂気が入り込んでくる事に恐怖を感じますね。

 

投稿: きんめ | 2008年7月22日 11:05

フィクションの部分と、ほぼ同様の考察をしていました。

 アタクシの中の感覚では、『何ものにも代えがたい父親を、楽にしてあげたかった』というところでしょうか。

 いずれにしても、母親の影の希薄なところが、とても不気味です。

投稿: オッチャン | 2008年7月22日 12:39

この家庭と全く同じ家族構成です。
共稼ぎだし、別室に寝てるし(笑)(←このことに関して言えば、夫婦が別室に寝てるのって、そんなに不思議ではないし、むしろ熟睡できる。注;夫婦生活はいたって円満〜♪)
ただ、この家庭と違うことは、ウチの娘は“いい子”ではないってことかな。
ウチも「勉強しろ!」とか言ってるけど、「うるさい!やるときゃやるし!」なんて口ごたえするわ、クッション投げるわで「感情」をそのつど出してる。
彼女には何故それが出来なかったんだろう?
彼女にとっては、家庭も“いい子”でいなければならない場所だったんだろうか?彼女の周りにいた大人たちは全て、彼女の中のマグマに全く気がつかなかったんだろうか?

投稿: ママ | 2008年7月23日 00:01

ヒロ さん:

TV ゲームなどのヴァーチャル感覚が、人の痛みなどの実体験を感じにくいものにしているかどうかについては、私は慎重でありたいと思っています。

そうかもしれないし、そうでないかもしれないので。

もしかしたら、実体験がありすぎると、かえってそれに対して感覚遮断をしてしまうかもしれないし。

いずれにしても、この少女は、夢うつつだったんでしょうね。

投稿: tak | 2008年7月23日 00:18

alex さん:

正常と異常の境目は、定義次第ということになってしまいそうですね。

日常生活に都合の悪いのが、やや正常じゃないってレベルで、他人の生活を脅かすようになると、異常ということにしてしまっているだけのことでしょう。

今回の埼玉の少女は、過度に正常すぎたんでしょうね。どんでん返しが大きすぎた。

投稿: tak | 2008年7月23日 00:22

きんめ さん:

>たぶん、きっかけは些細な事でそういう事の積み重ねなんだろうと思うと、本当に普通の日常の中に突然狂気が入り込んでくる事に恐怖を感じますね。

本当に、普段はやんちゃなぐらいが、かえって安心です。

投稿: tak | 2008年7月23日 00:24

オッチャン:

>アタクシの中の感覚では、『何ものにも代えがたい父親を、楽にしてあげたかった』というところでしょうか。

その解釈もありえるかも。

いずれにしても、「勉強しろと言われるのがうざったかった」 なんていうのは、大した問題じゃありません。

彼女の心の中の動きを理解できない想像力不足の警察が、そんなところにこだわっているだけです (キッパリ!)

投稿: tak | 2008年7月23日 00:27

ママ さん:

夫婦別室って、多いんですかね。
(お部屋が一杯あっていいなあ ^^;)

その都度、感情を出してしまえるって、幸せなことですね。
それはきっと、ママさんの人間としての器量が大きいから、安心して出せるんですよ。

子どもって、案外親に気を遣って生きてますからね。

投稿: tak | 2008年7月23日 00:33

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 父親を殺すことで自分を罰した少女:

« クールビズのパラドックス | トップページ | 京都で歴史を思い、時間を忘れる »