「心の琴線」というサイトの管理人さんが、「なんで中国人選手を音読みするんだろう……。普通に中国語で読めばいいのに」と疑問を呈しておいでだ(参照)。
「それとも場内放送で日本人選手を中国語読みで紹介されることへの対抗か?」とも書いていらっしゃる。ふむふむ。
これ、単純に考えればごく単純な話だが、複雑化させてしまうとどこまでも複雑になってしまうという、やっかいなテーマである。
まず単純に考えると「相互主義」という考え方がある。普通には「お互いに、自国語流で読んじゃいましょう」ということだ。しかし、文字そのものの文化が異なってしまうと、「自国流の読み方」もへったくれもないから、「お互いに本来の発音に沿って表記しましょう」ということしかなくなる。これも「相互主義」である。
「貴国の人の名前は、貴国語流に読ませていただきますが、我が国の人の名前は、貴国の読み方で構いません」という土下座主義とか「我が国の人の名前は、オリジナルの発音で読め。ただしそっちの国の人の名前は、我が国流の読み方で読むけど」という高ピー主義みたいなことは、普通はないようなのだ。
例えば "agnès b" というフランスのデザイナー・ブランドを、アメリカ人が英語式に「アグネス・ビー」と発音しても、パリの「アニエス・べー」本社から抗議されるなんてことはない。
そして 往年のハリウッド女優 "Katharine Hepburn" (日本では 「キャサリン・ヘップバーン」 という怪しい読みになっているが) を、フランス人が「カトリーヌ・エブルン」みたいに発音しても問題ない。こうした行き方が、いわゆる普通の「相互主義」である。
アルファベット表記が基本の欧米では、これが当然である。あまりにも当然すぎるから、ことさらに「相互主義」なんていうほどのものでもない。それぞれが自己流の「訛り」で発音しているぐらいの認識なのだろう。
なにしろイエス・キリストだって、国によって「ジーザス」だったり「イエズス」だったり「ヘス」だったり 「ジェズュ」だったりするのだから、「ヨハネ」が「ジョン」 、「ペテロ」が「ピーター」になるぐらいで気にしていたら、聖書も読めない。
東アジアでは、日本と中国は「お互いに自国流の読み方で読んじゃいましょう」という欧米文化圏内のような相互主義が慣習化しているので、あまり問題はない。これ、同じ漢字文化圏内なのだから当然である。
中国側にしてみれば、同じ漢字でも北京語と広東語では読み方が違うのだから、日本語式の読み方だって、その延長みたいに思っているのかもしれない。欧米で同じ人が「シーザー」だったり「カエザル」だったりしても、気にしないようなものである。
ところが、対韓国・北朝鮮だとそうはいかない。まるで異文化間の相互主義みたいなことになっている。これは韓国や北朝鮮側からの「日本式の読み方でなく、ちゃんとしたオリジナルの読み方しろ」という圧力がきつかったという経緯によると思う。
とくに朝鮮半島の人が「自分の名前を日本式に読まれたのは侮辱だ」みたいなことで、日本のマスコミを訴えたりすることがあったものだから、日本側がことさらにナーバスになったということもある。
私個人としては「イエス・キリスト」を英米人が「ジーザス・クライスト」と言っても神を冒涜したことにならないのと同様に、韓国・北朝鮮の人の名前を日本語式で読んだとしても別に「侮辱」したことにはならないと思っている。相手の国でどう読むかなんて、個別に教えてもらわなければわからないんだし。
ところが向こうに言わせると、「我々は日本人の名前をちゃんと日本式に発音してやってんだから、日本人もそうしろ」ということのようなのだ。
これ、向こうが近頃、漢字教育を止めちゃったせいで、漢字が読めなくなっているという事情が大きいのだと思う。日本人の名前を漢字で示されても、伝統的な朝鮮式の読み方すらできなくなっているのだから、本来の発音に沿ってハングル表記するしかない。つまり、漢字文化圏内の相互主義が成立しなくなったのだ。
私としては、漢字文化圏とアルファベット文化圏のそれぞれの内部では、「お互いに自分流の読み方しちゃいましょう」ということでいいんじゃないかと思っている。だが、対韓国・北朝鮮は例外だ。漢字文化圏内であるようで、実はそうでもないという変則的な事情がそうさせている。
それにしても納得がいかないのは、韓国人は「李」という名前を、どうして日本には「イ」と読むように強要するのに、英語表記は "Lee" でよしとしているのかということである。
韓国大統領「李明博」は、日本人には「イ・ミョンバク」と読ませたいらしいが、英語表記は "Lee Myung-bak" である。ならば、どうして日本人が「リ」と読むと怒られちゃうのか、不思議である。野球の「イ・スンヨプ」選手も、ユニフォームの背中にはしっかり "Lee" と書いてあるし。
先代の大統領「盧武鉉」も、日本人には「ノ・ムヒョン」と読ませておいて、英語表記は "Roh Moo-hyun" である。欧米人が「ロー」と読む分にはいいが、日本人が日本式に「ロ」と読むのはいけないようなのだ。
何だか、妙なところで意地悪されてるような気がするのである。
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