オフィシャル・パンフレットの英訳
ある衣料品産地の団体がかなり昔に出した日中英、三カ国語のパンフレットの英語が、翻訳のあまりのひどさのために、わけのわからない文章(ともいえない?)になっている。
私は中国語はわからないのでなんとも言えないが、この分だと、中国語の方も眉に唾して読まなければならない気がする。
例えば、以下のような英文がある。
Apparel manufacturer has gone from the project and design of clothes to production and sales.
直訳して日本語に戻すと、まあ、こんな異様な文章になるだろう。
衣料品製造業者は、事業計画と衣服のデザインから、生産と販売に行ってしまった。
(訳注: だから、衣料品製造業者は、今は事業計画と衣服のデザインというところにはいない)
なんでこんなになってしまったのかと、日本語の原文をみると、こんな文章だ。
アパレルメーカーは、服の企画・デザインから、生産、販売まで行っています。
ははあ、わかった、この翻訳をしたやつは、「行っています」を「おこなっています」ではなく「いっています」と読んでしまったのだ。それで "has gone" になってしまったのである。
それにしても、どうするとこの文脈で「いっています」という読み方になってしまうのだ? そもそも、団体からの発注なのだから、主語を単数形にしてしまうというのもひどい。翻訳以前に、日本語を読む段階で頭が悪すぎる。
こんな翻訳で、よく翻訳料を取ったものである。そして、発注側の誰もまともなチェックをせずに、印刷して世の中に出し、今に至るまで誰にも翻訳のひどさを指摘されなかったというのも、夢のようなお話である。
ただ、私もこれに類した翻訳の仕事を少なからずしたことがあるので、言えるのだが、地方の団体とかお役所のオフィシャル・パンフレットみたいなものを英語に翻訳する作業というのは、本当にやりにくいのである。
というのは、元の日本語からしてまともな意味のあることを言っていないのだ。セレモニーのお約束的ご挨拶のような言わずもがなのことを、回りくどい言い回しでくどくどうだうだと書き連ね、ひたすら字数をかせいでいるだけなのである。
日本語でうだうだと 5~6行書いてあることを、シンプルな英文にしてしまうと、たった 1行で済んでしまうなんていうようなのばかりなのだ。それではあんまりだからと、少し引き延ばすと、自分で読むのも恥ずかしいようなひどい英文になる。
というわけで、私はそいつが本当に意味のあることを言っているのか、あるいは自分でもよくわかっていないで、単に体裁を取り繕おうとしているか、はたまた適当にごまかして逃げを打っているだけなのかを即座に判断するには、英語に翻訳してみればいいと思っている。
英語というのは日本語に比べて、かなり機能性に特化したところがあるので、意味のないことを言おうとすると、多分私の英語力の限界によるのだろうけれど、すっきりとしたまともな文章にならなくなって、そのナンセンスさが浮き彫りになる。
だから日本語のオフィシャルな文章を英語にするには、ほとんどの場合、かなり意訳してあげないといけない。元の日本語を書いたやつよりよく現場を知っていなければ、まともな翻訳なんてできなかったりする。
よくもののわかった上手な翻訳者の訳した英文は、日本人の私が読んでも、元のうだうだ回りくどいだけの日本語の文章よりずっと理解しやすいのである。
【追記】
冒頭に紹介したヒドすぎる翻訳は、実はネット上の無料自動翻訳サービスを使ったのだと、後日わかった。それを聞いて、私はもう怒る気にもならなかった。
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コメント
語学力もさることながら、スッキリと整理された論理的な考え方ができない人が英訳すると悲惨なことになりますね(笑)
投稿: alex | 2008年8月 1日 12:54
alex さん:
>語学力もさることながら、スッキリと整理された論理的な考え方ができない人が英訳すると悲惨なことになりますね(笑)
確かに。
事業計画から販売まで行っちゃった (has gone)になっちゃいます。
そのほかにも、広義の言い方を的はずれな狭義の意味で直訳したために、全体がわけわからないという文章のオンパレードです。
それから、元のテキストで 「戦後」 になっていたとしても、英訳するときには "after the war" じゃなくて、"after World War II" にするぐらいのことは、常識でやってもらいたいものです。
それから、翻訳に限らず、すっきりとしない頭の人は、母国語で書かせても訳のわからない文章を書きます。
投稿: tak | 2008年8月 1日 14:24
『このメモなんだけど、パソコンにしといてくれる?』
→手書きの文章をパソコンで清書してほしい。(ワードで打てってことね)
『(メモ中の数字を指差し)この辺の数字を見やすくさぁ…』
→あっちこっちの数字の羅列を表形式にまとめて。(じゃあ、ワードを止めてエクセルね、はいはい)
『でさぁ、押すだけで変わる、ほら、ばーっとでてくるやつ!』
→プレゼン用にスライドを作成しろ。(パワーポイントね…)
ワードで仕上げて見せに行き、エクセルで仕上げて見てもらい、がっくり肩を落とすこと数多…。
『ここの言い回しがねぇ、なんか合わないんだよなァ。』
(もういいorz)
このような精神状態で、正しい構成、校正が出来るのでしょうか…?
せっかくのオフィシャル英訳ですが、担当者に、ちょっと同情の余地…。
投稿: オッチャン | 2008年8月 4日 12:56
オッチャン:
ただひたすら、日頃の苦労が偲ばれます ^^;)
投稿: tak | 2008年8月 5日 21:54
初めてコメントを書かせていただきます。
庄内様が書かれておられますように、公的な出版物や文書に、日本語の文章になっていない表現が多々見られ、意味を理解できないことがよくあります。
翻訳者は、原稿が悪文でもその意味を推敲し、必要であれば翻訳依頼側に意味を確認して訳す必要があります。それ以前に、日本語をよくご存じでないためでしょうか、誤訳が多く驚きます。パンフレットなどの小冊子ならまだしも、政府発行の何とか白書などにも誤訳が多く見られるのは問題です。
alex 様が書かれていますように、翻訳者には論理的な考え方が必要で、それが欠けていては正確な翻訳はできません。
もう一つの問題は、翻訳依頼側が誤訳のチェックをしていないのです。できないと言う方が適切かも知れません。
小学校から英語を教える時代になりましたが、日本語の素晴らしさとともに、日本語の的確な書き方を教える方が先という考え方に賛成です。
わたしの経験では、英語など外国語は、集中的に学習すれば、ある程度短期間に身につけれます。
そういうわたしも、60歳を過ぎて日本語の素晴らしさを理解し、正しい日本語の書き方を学んでいます。
投稿: 稲継正彦 | 2008年9月16日 13:42
稲継正彦 さん:
おぉ、翻訳のプロの方のようですね。
コメントありがとうございます。
>小学校から英語を教える時代になりましたが、日本語の素晴らしさとともに、日本語の的確な書き方を教える方が先という考え方に賛成です。
私もどちらかと言えば、その考え方に賛成です。
ただ、日本語が上手に使える人は、きちんと勉強すれば、たいてい英語も上手に使えると思います。
卵と鶏みたいなところがあるような気がします。「言葉センス」といったようなものが重要なんじゃないですかね。
投稿: tak | 2008年9月16日 18:26
庄内拓明 様
わたしのコメントに丁寧なご感想を頂き恐縮しています。
初めて庄内様からいただいたご感想ですので、「猿もなんとか・・・」で、再度、コメントを書かせていただきます。
>日本語が上手に使える人は、きちんと勉強すれば、たいてい英語も上手に使えると思います。
>卵と鶏みたいなところがあるような気がします。「言葉センス」といったようなものが重要なんじゃないですかね。
わたしも、常々、庄内様と同じようなことを考えています。
どこの国の言葉でも、好きになって生活に溶け込まして学べば、上達すると思います。しかし、学ぶ前提として、その人に「言葉のセンス」や「ひらめき」がないと、上手な文章を書いたり、人を感動させる話しをしたりすることはできないと思います。
ビジネス用の文章や話し方の場合、言葉は道具のような役割をしますから、的確で、論理的な手法を学べば、上手と言われるレベルに達しなくても、目的だけは達成されるのではないでしょうか。
投稿: 稲継正彦 | 2008年9月17日 01:33
稲継正彦 さん:
>ビジネス用の文章や話し方の場合、言葉は道具のような役割をしますから、的確で、論理的な手法を学べば、上手と言われるレベルに達しなくても、目的だけは達成されるのではないでしょうか。
まったく同感です。
主語と述語が一致しないどころか、主語と目的語が入れ替わってしまっているようなビジネスレターをもらうたびに、少なくとも、論理だけは通してもらいたいと思っています。
投稿: tak | 2008年9月17日 10:52