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2008年8月17日

「グルジア」 が 「ジョージア」 であること

今月 12日の「中国人、韓国人の名前の読み方」という記事で、アルファベット表記の文化圏では、お互いに自国語流で読むのが当然とという「相互主義」について触れた。

で、最近話題の「グルジア共和国」だが、表記は "Georgia" なので、英語文化圏内では当然のごとく「ジョージア」と読む。

1989年にニューヨークに出張したとき、ホテルに帰ってテレビをみると、何やら大砲でドンパチやっている映像が映し出され、アナウンサーが「ジョージア」がどうやらこうやらと、早口でまくしたてている。

私はアメリカのジョージア州が内戦でもおっ始めたのかと仰天してしまったが、よく聞いているうちに、当時のソビエト連邦内の紛争だとわかった。それで「へぇ、ソ連にもジョージアがあるのね」なんて思っていたが、帰国して日本語の新聞をみると、それは「グルジア」と表記してある。

今では 南オセチア紛争 と呼ばれる当時の「グルジア紛争」のニュースだった。そんなわけで、私は 20年近く前から、「グルジア」は英語で「ジョージア」だと知ってしまっていて、それは日本の 「中国地方の子守歌」が、決して「チャイニーズ・ララバイ」ではないのと同じようなものだと理解していたのである。

固有名詞の読み方というのは、本当に面倒くさいものなのである。アルファベット表記の文化圏の中でなら、お互いに自国語流の読み方で全然構わないのに、日本は漢字と仮名の国なので、単純な「相互主義」にあずかれる範囲が極端に狭い。

従って、現地読みの発音をカタカナで表記しなければならないということになる。つまり英米人なら「ジョージア」で済ませるところを、現地の発音をなぞって「グルジア」と表記しなければならない。

で、この「グルジア」問題、さらに複雑なのだ。Wikipedia(参照) によると、グルジアの本来の国名は、グルジア語では საქართველო と表記するんだそうだ。申し訳ないが、なんと読むのかさっぱりわからない。これをラテン文字に転写すると Sakartvelo になるんだという。以下、Wikipedia からの引用である。

サカルトヴェロは、「カルトヴェリ人(グルジア人)の国」という意味で、カルトヴェリは古代ギリシャ人の記録にもあらわれる古代からの民族名カルトゥリから来ている。

日本語名の「グルジア」はロシア語名Грузияにもとづき、英語名の Georgia と同じく、キリスト教国であるグルジアの守護聖人、聖ゲオルギウスの名に由来すると言われる。

つまり、グルジアという国の国号は、グルジア語の発音をそのまま日本語にすると「サカルトヴェロ」って感じになるのだが、日本では英語表記のグルジア語読み発音を採用して、「グルジア」と呼び習わしているという、ちょっと複雑なことになっているのである。

これって、日本の国名の発音は、本来のアルファベット表記では "Nippon" なのだが、世界中のほとんどの国でそれは採用されず、"Japan" という英語表記に近いものを、それぞれの国流に、 「ジャポン」とか「ヤパン」とか言っているようなものである。

なんで "Nippon" でなく "Japan" なのかというと、大昔にマルコポーロが東方見聞録を書いた当時の、「日本」 という漢字の中国語読みが、「ジパング」 に近いような発音だったらしく、それを聞いたマルコ・ポーロがいい加減に "Zipang" と記してしまったためである。

たったこれだけのために、マルコ・ポーロ以後の西欧社会では、日本の国名は「ジパング」のバリエーションになってしまった。いつの時代も、「相互主義」とはいえ、その時代で影響力の強い言語になびいてしまうのは、仕方のないことである。

だから「サカルトヴェロ」も、「日本」が当時のモンゴル帝国での読み方に引きずられて「ジパング」になった如く、ロシア語に大幅に引きずられて「グルジア」になってしまっているようなのだ。ああ、面倒くさい。

で、中国も国際的には "China" という表記を公認していて、それはまた西欧では「チャイナ」と読まれたり「シナ」と読まれたりしている。ところが、日本人が「シナ」と言ってしまうと、それは蔑称ということになってしまったりするのも、本当に面倒くさいのである。

中国人、韓国人の名前の読み方」の記事でも触れたが、私は「李明博」の英語表記は "Lee Myung-bak" なのに、どうして日本人には「イ・ミョンバク」でなきゃいけないのか、 納得できる説明をしてもらったことがない。

アメリカ人には 「リー」 と読ませて平気なのに、なぜか日本人には「李」を「リ」と読ませたくないようなのだ。そして、「盧武鉉」の英語表記は "Roh Moo-hyun"なのに、日本人には「ノ・ムヒョン」と読ませて 「ロ・ムヒョン」 ではダメというのも、同様に納得のいく説明をされたことがない。

そして、日本人が「シナ」と言うと語弊があるということにも、心の底ではちょっと納得がいっていないのである。だったら、アヘン戦争をしかけた英国人にも「チャイナ」と言わせず、越南(ヴィエトナム)を横取りしたフランス人にも「シノワ」と言わせない方がいいんじゃないかとかね。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント


中国人の中華思想って案外欧米人に対しては弱い
中華思想はあくまでアジアでの歴史的な優越感であってそれ以遠になると希薄になる

韓国(朝鮮)はさらにその中国の属国として今までいたわけで中華世界の次男(日本は三男 ヴィエトナムは四男)と自認、中国に強烈な劣等感を持っています
当然中国側も朝鮮には優越感を持っている

日本はその点、中国の属国といえども、あまり国際感覚が無いのが幸いして(笑)自覚が無かった

しかし、戦後一時、中共を訪問する日本の政治家は、周恩来などに会ったり、古い書をみたりするとすぐ、いにしえの歴史的劣等感を思い出して、叩頭姿勢に入っていましたね

まあ、金日成にもてあそばれて感涙にむせんだ金丸という馬鹿政治家もいましたが

今夜は渡辺はま子の「支那の夜」でも聴きます

投稿: alex | 2008年8月18日 01:15

alex さん:

>中国人の中華思想って案外欧米人に対しては弱い
>中華思想はあくまでアジアでの歴史的な優越感であってそれ以遠になると希薄になる

どうも、そのようですね。
中華思想は、どうやらアジア・ローカルの内弁慶のようで、欧米に対しては、逆にコンプレックスになってるみたいな気がしてます。

19世紀末に蹂躙され尽くしたのが、いまでもトラウマなのか。

それで、日本に対しては、「アジアの属国のくせに、欧米の尻馬に乗りやがって」 と、近親憎悪なのかもしれませんね。
「欧米なら仕方ないが、アジアの属国は許せん」 ということなのかも。

で、くどいようですが、「李明博」 が "Lee Myung-bak" なのに、どうして日本人には 「イ・ミョンバク」 なのかというのは?

欧米人は、名字の場合のみ、親分の中国での読み (かどうか、知らないけど) に沿ってくれていいが、日本人は、ダメよということなのか。

投稿: tak | 2008年8月18日 10:28

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