助けるべきは成長産業か斜陽産業か
今、日本で流通している衣料品の 7割以上が中国製品だと言われている。私がアパレル業界でのキャリアをスタートさせた20数年前は、逆に 7割以上が日本製だったのだが。
今、日本国内の縫製業界はガタガタである。昔は地方の国道を車で走ると、縫製工場の看板が目立ったが、今は極端に減った。
田舎に車で帰る時、東北地方の国道を走ったら、5km に 1件は縫製工場の看板があった。いわゆるアパレル・メーカーは自前の生産設備を持つところが非常に少なく、大抵は国内の縫製工場に生産を託していた。アパレルメーカーは下請けの縫製工場を「工場さん」といい、工場はアパレル・メーカーを「アパレルさん」と呼んでいた。
今はその「工場さん」が中国に行ってしまったのである。中国の縫製工場が日本のアパレルメーカーを「アパレルさん」と呼んでくれているかどうかは知らないが。
バブル経済華やかなりし頃、国内の縫製工場は隆盛を極めていた。高い技術さえあれば、営業活動などはしなくても、注文は続々と入ってきた。あの頃、洋服は今の倍の値段で売れたから、工賃はほぼ言い値で取れた。
縫製工場の社長は肩で風を切って歩き、都市のアパレルメーカーに顔を出す時は、黒いメルセデスベンツに乗って行くのだった。
しかし、バブル崩壊以後はアパレル市場の様相が変わってしまった。まず、洋服の値段が約半分になった。5万 6千円で売れたメンズ・スーツは、今、3万円以下である。婦人服なら、郊外のショッピングセンターに行けば、ジャケットとスカートのセットで 2万円以下だ。バブルの頃は、少なくとも 3万 8000円はしたのに。
これだけ安くなったら、国内生産では対応できない。中国で作るしかないのだ。衣料品は「安かろう悪かろう」の品物になった。昔の日本の衣料品は「品質はヨーロッパのブランド品以上で、値段はその半分で済む」と言われていたが、今は値段と引き替えに品質を捨てたのだ。
「値段の割には安心品質の製品」というのは、衣料品に限らず、日本の工業製品の代名詞みたいなものだったが、今、それは夢と消えた。品質管理が売り物の工業製品の供給元は、日本から隣国に移ってしまったのだから、どうしようもない。それが大きな問題だ。
日本の製造業の「空洞化」を危惧する声はどこでも聞かれるが、経済の法則がそれを促進しているのだ。それを人為的に止めようとしても、うまく行くはずがないではないかと思う。
日本はそれよりも別の分野に生きる道を求めるべきだとの指摘は、もっともである。例えばハイテク、エコ技術など。しかし、今まで洋服の縫製で生きてきたおじさんたちに、いきなりハイテクをやれと言っても、それは無理だ。少なくとも世代交代が必要なのである。
世代交代が完了するまでのつなぎとして、既存の斜陽産業を補助することも、一つの方策だろう。しかしそれをやれば、新しい成長産業を育成するための金が減るのである。
しかし、政府が大金を注ぎ込んで育成しようとしたプロジェクトなんて、大抵成功しないのだから、新産業の成長なんて言うのは民間に任せ、政府は斜陽産業のソフトランディングに集中すればいいという見方もある。それも道理だが、それではさみしすぎるようにも思える。
そんな意味で私は、この方面でどうすればいいかという判断を、保留せざるを得ないのである。
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コメント
奥州生糸本場を掲げる福島県では、かつては、福島の北の方にいくと小さな町で
世界的ブランド品を作っていたものです。今は海外に拠点を持って行かれてしま
いましたが。。。
経済の法則とはいえ、製造業が国から失われることは、その国の衰退につながると
思います。
消費者の方も、国産品を多少高くても買おうとする意識も必要なのかもしてません。
投稿: 雪山男 | 2008年11月23日 00:27
日本製でも、安かろう悪かろうはありました。
ただ、『縫い目が悪い』とか、『実は左右非対象』などの、いわゆる”B品”を喜んで(好んで)購入していましたね。
価格は、当時と今と、さほど変わらないと感じます(産地はちうごくに変わりましたが…)
むしろ、”1980円”のジャケットだったら、今のちうごく産の方が造りは良いような気がします。
…肌に優しいかどうかは別にして。
投稿: 乙痴庵 | 2008年11月23日 02:17
昔、母がベビー服の縫製工場に勤めていました。
孫が連続して3人男の子ばかり生まれ、「せっかく可愛い女の子用ドレスを用意して待ってるのに~!」と言っていましたが(当然社員価格で)4人目に待望の女の子の孫が生まれる直前、その工場の親会社が倒産してしまいました。
用意してあった女の子用ベビー服は?と思ったら「あんまり男の子ばっかり続くから、だいぶ前に他の家の子にあげちゃった」と。
その時の子も、来年はお初の年女です。
倒産の原因は放漫経営だったそうです。
何でも、社長がものすごい贅沢をしていたんだとか。
「あんな安い金で働かせてたのに。許せない」と母が怒ってました。
投稿: karin | 2008年11月23日 17:06
雪山男 さん:
確かに、福島県には優秀な縫製工場がたくさんありましたね。
何カ所か取材に訪れたことがあります。
>経済の法則とはいえ、製造業が国から失われることは、その国の衰退につながると思います。
>消費者の方も、国産品を多少高くても買おうとする意識も必要なのかもしてません。
多少高くても国産品を買ってもらうためには、それなりの明確な理由付けが必要でしょうね。
食品の場合は、安全性という理由付けが可能ですが、衣料品の場合は、命に関わらないので、なかなか大変です。
投稿: tak | 2008年11月23日 22:14
乙痴庵 さん:
>価格は、当時と今と、さほど変わらないと感じます(産地はちうごくに変わりましたが…)
>むしろ、”1980円”のジャケットだったら、今のちうごく産の方が造りは良いような気がします。
いわゆる 「バーゲン品」 というくくりで、日本でも安いものを作っていましたね。
それと比べたら、確かに、平均的には中国製の方がいいです。
でも、中国製は品質的バラツキが大きくて、中にはひどいものが平気で混じります。
投稿: tak | 2008年11月23日 22:18
karin さん:
>その時の子も、来年はお初の年女です。
大体その頃から、日本の縫製業界は衰退の一途ですね。
>倒産の原因は放漫経営だったそうです。
>何でも、社長がものすごい贅沢をしていたんだとか。
>「あんな安い金で働かせてたのに。許せない」と母が怒ってました。
黒いベンツを乗り回していた、ある社長は、
「贅沢なんて言われますが、これは、安全保障なんです」 なんて言い訳してました。
「私の身に何かあったら、工場が立ちゆかなくなる。だけど、黒いベンツに乗っていれば、周りが気を遣ってくれるから、事故に遭う確率が小さくなる」
これを聞いて、贅沢の理由付けは、何とでも言えるものだなあと思いました。
投稿: tak | 2008年11月23日 22:21
takさん
数年前にスイスに行った時の事です。
土産物に色々物色しておりましたが、著しく他国産品が少なかった印象がありまして。田舎の駅前のスーパーでも似たような状況でした。隣国物(ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア)は見かけましたが。
説明によれば、自国産業の保護と経済の活性化の為に、値段が張ってもスイス国民は自国産品を購入する傾向にあるのだと聞きました。
民意が何処かの国とは違うなぁ、という思いを強く受けた事を憶えています。物価は高くとも(日本と変わらないか、物によってはむしろ高かった)生活水準はそれ以上に高く見受けました。
そういう私もそれほど民意が高い方でもないですし、生活水準にしても人並みでしょうが、レンジが合う限りは日本製を買いたいな、とは思っています。
ただ、商品種別によっては日本製を探すのが困難な場合も多いので、そういう場合は仕方無い場合もありますし、趣味性と自己満足で欧米舶来品に手を出す場合もあるので、一貫性はあまり無いですね。(苦笑)
中国製品は概して悪印象です。
理由はtakさんも言及されている通り、QCに難が在ると思われる点が多い事、それが設計上、素材面、製造過程の各々で単発もしくは複合的に見られるためです。
勿論、パナソニックやユニクロや海洋堂(食玩フィギュア)の様に、中国工場産でも高レベルでのQCを実現させている企業もあるのでひと括りには出来はしないのですが。
安いものには、安いなりの理由があります。
それを見抜く力を持ち、或いは見抜く力を持つ友人知人の助けを借りて、ジョーカーを引かせられない様にしたいですね。
投稿: 貿易風 | 2008年11月24日 03:49
takさん
さて、スイスつながりで。
スイスの時計産業は嘗ては自国銀行が見放した斜陽産業であったのですが、SWATCHの出現で様変わりし、瀕死状態にあった機械時計も時流に乗って復活復権していますね。EU統合バブルの賜物の部分は高収益構造の機械時計については特に大きいでしょうが、それ以上に全般的な販売戦略が上手かった結果と云えましょう。SWATCHはブームでもありましたし、今尚トレンドの部分もあり、根強いリピーター/コレクターも世界中に存在してます。
企業30年説なんて言葉もありますから、斜陽産業全てが復活するなんてことは在り得ないのは皆さん先刻ご承知でしょうが、こんな例もあるということで。
しかし、SWATCHにしても創業者Nicolas Hayekの手腕によって本日の隆盛を極めたことを考えると、政府はプロジェクト云々で直接介入せずに、税制等の部分で企業を下支えして、カリスマ的な先導者の出現を待つ方が得策では、という気がしなくも無いですね。
とは云え、税制支援が某国政府にとって一番困難な方策でしょうから、どうしようも無いと云えなくも無いですが。(苦笑)
投稿: 貿易風 | 2008年11月24日 04:40
貿易風 さん:
>説明によれば、自国産業の保護と経済の活性化の為に、値段が張ってもスイス国民は自国産品を購入する傾向にあるのだと聞きました。
うらやましいメンタリティですね。
日本の場合、とくに衣料品市場では、消費者が日本産を求めようとしても、供給側がどっと中国生産にシフトしていますから、国産を見つけるのが難しい状態です。
供給側が、風次第で一つの方向になびきすぎなのかもしれません。
ユニクロの生産管理がかなりまともなのは、やはり、量の力によるところが大きいと思います。
いくら中国でも、あれだけの量を発注してくれる企業のいうことは、とりあえず聞いとこうと思うでしょう。
>政府はプロジェクト云々で直接介入せずに、税制等の部分で企業を下支えして、カリスマ的な先導者の出現を待つ方が得策では、という気がしなくも無いですね。
私もそう思います。
政府が介入すると、あちこちから有識者を呼んで無駄な会合をして、いろんなところの顔を立てて、調整を取って…… なんてことをやっているうちに、そのプロジェクトの目鼻の付く頃には、既に状況に遅れをとることになってしまいます。
投稿: tak | 2008年11月24日 11:12