『唯一郎句集』 レビュー #2
昨年末に書いた(参照)きりで、長々と 1ヶ月以上も間をおいて、ようやく "「唯一郎句集」 レビュー #2" である。
実はこの間、オンラインの古書店 「中野書店 古本倶楽部」 のカタログで、「唯一郎句集」 が見つかり、2900円なにがしで買い求めた。実家のものよりずっと保存状態がいい。
この句集は、私の実家には 1冊しかなく、昨年 12月に帰郷した際に、ちょっと借りてきたものだが、いずれは父に返さなければならない。それで、自分専用のものが欲しくなって、試しにネットで探したら見つかったのだ。
写真の右側が、今回買い求めたものだ。とくにカバーの変色具合が、実家から借りてきたものよりずっとましだ。よほど長い間、日の当たらない古書店の書庫で眠っていたのだろう。
ところで、この本を古本屋に売り払ってしまったのは、一体誰なんだろう。この本は、遺族と昔の俳句仲間の企画によってひっそりと自費出版され、親類縁者と関係者のみに配られたもののはずで、書店で売られたことはないはずだ。
ということは、配られた関係者の中に、さっさと古本屋に売り払った者がいるということだ。開いて読まれた形跡もほとんどないし、それを思うとあまり愉快な気はしないが、おかげで巡り巡って私の手元に来たわけだから、この際よしとしておこう。
実家の父に返さなくてもいい本が手に入ったのだから、時間をかけてじっくりレビューできる。何回シリーズになるかわからないが、最初のページから全ての句をもらさず紹介しようと思う。
まずは、「朝日俳壇」時代の三句。大正 10年頃の作品と思われる。
百舌鳥去り行きし柿だね澁き
晩秋の透明な静けさを感じさせる。
私の田舎には、庄内柿という特産の柿があるが、これは種なし柿なので、ここに詠まれた柿は、それではないだろう。カリカリした歯触りの柿だろうか。口の中に残った柿の種が、舌に渋みを伝える。その柿の実をもいだ木には、さっきまで百舌鳥がとまって鳴いていた。
音響く日の柿のてつぺんの葉よ
この句で響く「音」というのは、家業の印刷機械の回る音だろうか。大正時代のことだから、それほど高速で回転する音ではあるまい。ゆったりと響くガチャンガチャンという音に感応して、冬に向かう分厚い雲の下で、柿の木に残った僅かな葉が揺れる。
仕事着の垢つきし秋夜の畳
「仕事着の垢」 とは、印刷に使うインクの染みかもしれない。家業を手伝った時についたインクの染みが、畳に少し移ってしまった。秋の夜のほの暗い明かりで、それがうっすらと見える。
俳句で身を立てるために、上京することも頭をかすめていただろう。理想と現実の狭間に揺れる青春時代の祖父の思いが偲ばれるような気がする。
今日はここまで。
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コメント
takさん
>さっさと古本屋に売り払った者がいるということだ。開いて読まれた形跡もほとんどないし、それを思うとあまり愉快な気はしないが~
因果論ではありませんが、この一冊、takさんの元に来たるべくして来たのでありましょう。
絶版品の入手は、縁が絡まないとまず間違いなく不可能ですから。
その縁を引き寄せるのは欲する気持ちの部分が大きいですが。
単なる推論ですが、何処かのお宅の引越しor建替えで家財を取捨選択する際に古本屋に流れたという仮説を立てたいところですね。
当初句集を頂いた当主は鬼籍に入り、跡取りは句集の何たるかを知らず、さりとて当主が大事に保有していた句集を徒らに捨てるのも忍びなく古書として世に出で立たせたのは、孫(takさんですね)の元へ還る為であり、当初配布された当主は句集にとっては仮住まいであった・・・
なんて浪漫は如何ですか?
それにしても、実のお孫さんの解説を受けるとはお祖父様は欠片も思っていなかったでしょうし、(辛気臭い話で恐縮ですが)最高の御供養のひとつともなりましょう。
本来であれば、各々の句にコメントすべきところかもしれませんが、至極残念な事に私は句を論ずる才を持ち合わせておりませんので、こちらはtakさん解説の拝見を決め込みます。
投稿: 貿易風 | 2009年2月 2日 00:46
貿易風 さん:
>当初句集を頂いた当主は鬼籍に入り、跡取りは句集の何たるかを知らず、さりとて当主が大事に保有していた句集を徒らに捨てるのも忍びなく古書として世に出で立たせたのは、孫(takさんですね)の元へ還る為であり、当初配布された当主は句集にとっては仮住まいであった・・・
>なんて浪漫は如何ですか?
おぉ、なんと魅力的なストーリーでしょう。
そう信じることにします。
>それにしても、実のお孫さんの解説を受けるとはお祖父様は欠片も思っていなかったでしょうし、(辛気臭い話で恐縮ですが)最高の御供養のひとつともなりましょう。
解説とまではいきませんが、なんとなく鎮魂の行をしているような気がしています。
投稿: tak | 2009年2月 2日 11:23