君と僕のためにつくられた国
昨日帰宅したら、Wow Wow でオバマ就任記念コンサートの模様が放映されていた。18日午後にリンカーン記念館の前庭に 50万近い人が集まったというコンサートである。
バラック・オバマが相変わらずの達者な演説をした後、ステージ上のブルース・スプリングスティーンが、ある人を呼んだ。
ある人とは、ピート・シーガーである。といっても、知らない人が多いかもしれないが、私にとっては神様に近い人なのだ。なんと、バラック・オバマの大統領就任記念コンサートに、89歳になるピート・シーガーがバンジョーを抱え、かくしゃくとして登場したのである。私は鳥肌が立つほど興奮した。
そしてなんと、"This Land is Your Land" (邦題 「我が祖国」)のシングアウト(全員合唱)になってしまったのである。これはなんと、すごいことなのだ。この歌の作者のウッディ・ガスリーは、反体制派の歌手として知られている。この人に強い影響を受けたボブ・ディランは「ウッディ・ガスリーに捧げる歌」をレコーディングしている。
そしてウッディとともに活動した若き日のピート・シーガーは、赤狩りマッカーシーの弾圧によって、ショー・ビジネスの場から追放されたという経歴をもつ人である。その彼が、大統領就任記念コンサートのステージで、"This Land is Your Land" をシング・アウトしたのである。
そして、ピート・シーガーは 60年代のシングアウトのスタイルそのままに、フレーズごとに歌詞を先導してくれたのだったが、特筆すべきは、その歌詞が、昔のフォークソング・ブームの時に日本でもお馴染みになった歌詞とは少し違っていたのである。
日本でお馴染みになった 「我が祖国」 の歌詞は、ウッディのオリジナル・バージョンから、当時過激すぎると考えられていた部分を削除し、残りも部分的にモディファイしてしまったものだった。
そうすることによって、この歌は、アメリカの第二国歌といわれるほどポピュラーにもなったし、日本のお坊ちゃんやお嬢さん大学で、フォークソング・クラブのアマチュア・バンドが、行儀の良いきれいなハーモニーで歌うこともできたのだった。
しかしこの日、ピート・シーガーが歌ったのは、当時カットされたアクの強い部分も復活させた、ウッディのオリジナル・バージョンだったのだ。
「大きく高い壁が僕を止めようとした/「私有地」 という大きな看板があった/しかしその裏側には何も書いてない/そっち側こそ君と僕のためのもの」
「教会の塔の影に人々はいる/救援事務所のそばに人々はいる/腹を空かせた彼らは立ち並び、私は問う/この国は本当に君と僕のためにつくられたのかいと」
「生けるものは誰も僕を止められない/僕は自由のハイウェイを歩くのだから/誰も僕を後戻りさせることはできない/この国は君と僕のためにある」
圧力でカットされた歌詞が、今、ワシントンの空に響き渡ったのである。テキサス流のカントリー・ミュージック(日本で言えば演歌みたいなもの)しかわからないジョージ・ブッシュの時代には、こんなことはあり得なかった。
偶然というにはあまりにできすぎのように、ウッディが放浪を繰り返しながら "Dust Bowl Ballads" (砂嵐のバラッド)と言われる歌を書き、歌った当時の大不況が、おりしも今、再現されている。仕事を失い、腹を空かせた人たちが米国を、世界をさまよっている。
しかし米国は確かに変わった。あのビル・クリントンの "change" は、単なるプレジデンシャル・キャンペーンのキャッチ・コピー以上のものではなかったが、オバマの繰り返した "change" という言葉は、空念仏ではなかったようだ。
私は涙を流しそうになるほど感動して、テレビの画面とともに高らかに歌ってしまったのだった。いいオッサンの私だが、89歳のピート・シーガーに比べれば、まだ小僧っ子だ。感動するのに、何を恥じることがあろう。米国は、世界は、きっと何とかなると信じる気になった。
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コメント
オバマ大統領が就任にいたったとき、私もアメリカはもしかしたら対話と協調というスローガンの下”変わる”んじゃないかと大きく期待しました。
今でも、期待はしています。
もしかしたら、急激な変化を起こすことはできなくても序所に舵を切り”対話と協調”が前面に出てくることを。
けれど、ことイスラエルーパレスチナ問題についての22日のオバマ大統領が行った外交演説を聞くにおよび、イスラエルの行き過ぎた暴挙について苦言を呈することができないオバマ大統領の決断と、その周囲を固めるシオニスト達の存在について落胆せざるを得ないと思っています。
何が怖いかと言えば、熱狂の中で打ち出されるオバマ大統領のテロ対策について、それが常に正しいことのように見えてしまう可能性が高いということかもしれないと思ってしまいます。
投稿: きんめ | 2009年1月25日 14:03
きんめ さん:
シオニストにもいろいろあって、私の理解では、ロビー活動を活発にやっているのは、強硬派です。
私の知り合いのユダヤ系米国人は、ほとんど全部穏健派で、シオニズムに共感しても、それは精神的、象徴的な意味合いで捉えたいと思っているか、あるいはキリスト教に転宗するか、はたまた無神論に転ずるかという連中が多いようです。
まあ、私の知り合いのユダヤ人はみんな人種的偏見の薄いニューヨーク住まいで、強硬派になる意味がない環境に暮らしているということもあるのかなと思います。
彼らの多くは (日頃の言動からして)、多分民主党支持者だと思います。
強硬派シオニストは扱いが面倒そうで、頭の痛いところでしょうね。
ただ、いろいろあるのはムスリムの方もそうで、双方の強硬派同士の争いが展開されているということだと、私は解釈しています。
問題があるところほど、政治的に力をもちやすいのは穏健派より強硬派で、それが困ったものです。
投稿: tak | 2009年1月25日 19:56
私もイスラエルとパレスティナについてのtak-shonai さんのご意見に近いですね
あの二つの民族抗争は、日本のマスメディアが報じているほどシンプルな一方的なものではありません
二民族とも極めてしたたかな、一筋縄ではいかない人々がトップにいて、例えばパレスティナの一部には、和平が成立しては、アラブ諸国からの義捐金などがストップする可能性があるから、困る人々もいるんですからね
あのアラファト議長からしてそうでしたから
投稿: alex99 | 2009年1月26日 00:04
alex さん:
>あの二つの民族抗争は、日本のマスメディアが報じているほどシンプルな一方的なものではありません
とにかく、紛争地域というのは大抵、うんざりするような思惑と利権がからまりあって、とぐろをまいていますね。
対立というのは、シンプルなものではなく、人間の業が堆積しているものです。
宗教やっているのに、そこに気付かないというのは、彼らにとって本当に大切なのは信仰ではなく、利権だということを物語っています。
困ったものです。
投稿: tak | 2009年1月26日 06:38