逆古今集
百人一首に「朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里にふれる白雪」という歌がある。歌人は坂上是則。出典は古今集だ。
意味は「夜がほのぼのと明けるころ、有明の月の光かと思うほど明るく、吉野の里一面に白雪が降った」ということだ。なかなか雰囲気のあるいい歌である。
いい歌ではあるが、私はずっと、この歌は「ウソ」だと思っていた。いくらなんでも、雪が一面に降ったぐらいのことで、有明の月なんかと間違えるものかと。ただこう言ってはみても、この歌には「事実」以上のおもむきが感じられる。これは近松門左衛門のいう「虚実皮膜の間」にあるものだと思っていたのである(参照)。
しかし、これはまんざら「ウソ」でもないということがわかったのである。それは坂上是則とは逆の現象に遭遇したためだ。
昨夜は見事な満月だった。北風が強かったので大気中の水分が吹き飛ばされ、まさに皓々と照っていたのである。
そんな夜中、ふと窓の外を見ると、地面が真っ白に見える。うっすらと雪が積もったように見えるのである。天気予報では雪が降るなどとは言っていなかったが、山沿いの雪雲が強風に煽られてつくばの里まで飛んできたのかと思った。
思わず外に出てみると、しかし雪は降っていない。外は皓々とした月夜。
月の光があまりにも白く輝き、地面を照らしていたので、窓ガラス越しには雪が積もったように見えたのである。なんと、逆古今集をしてしまったのだ。
皓々とした月夜が、白雪の積もったように見えるのだから、その逆もまた真なりだろう。坂上是則は決して技巧に走りすぎていたわけではなく、直感的に感じたままを歌ったのだとわかった。
坂上是則さん、これまで「ウソ」だなんて思いこんでいて、申し訳ない。ただ、言い訳させてもらうと、私にとっての雪というのは、日本海側の雪のイメージなので、雪と月夜とは、頭の中で容易に結びつかなかったのだ。
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コメント
僭越ながら。
デフォルト、雪景色の(エセ)長野県人です。
”ありあけの月”とみまごう程の雪景色に…、と考える方が…、実はアタクシにとって自然でした。
カーチャンがたいへん喜んでおります。
表題のお歌。『あさぼらけ…』は、思い出の”百人一首”の一つだそうです。
誠にありがとうございました。
投稿: 乙痴庵 | 2009年1月11日 21:51
乙痴庵 さん:
>”ありあけの月”とみまごう程の雪景色に…、と考える方が…、実はアタクシにとって自然でした。
ははあ、やっぱり、地域によって原風景に違いがあるんですね。
私にとっての雪景色は、地吹雪か、どんより空の下ですから。
>カーチャンがたいへん喜んでおります。
思いがけなくも人に喜ばれるのって、幸せの限りです。
こちらこそ、ありがたいことであります。
投稿: tak | 2009年1月12日 13:34
太平洋側ですと雪の降ったとき、2,3日後にとてもよく晴れるときがあります。
そんな日の夜に仕事から(一杯飲んで)帰ってくると、月の光が雪に反射して薄青く光って
いるようなぼんやりとした景色をよくみます。
まさに、「蛍の光窓の雪」は本当だったと感じております。
雪にぼんやりと光った月夜と風景と、雪つりの縄の影の対比がとてもきれいで、実は、
昔々少年だった頃、この風景を短歌に詠んで賞を頂いたことがありました。
(お恥ずかしいレベルですが。)
投稿: 雪山男 | 2009年1月13日 09:29