『唯一郎句集』 レビュー #12
『唯一郎句集』に収められた「朝日俳壇」時代の句も、終わりに近付いている。今回の 3句、そして後 4句である。
今回の 3句は、春の頃の句である。朝日俳壇に認められてから、翌年の春だろうか。そのあたりは、この句集を読むだけでは、しかとはわからない。
前回の 3句は、どう解釈したらいいのか迷いに迷って、迷宮入りしそうな句だったが、今回の句も負けず劣らずである。何しろシュールな世界なので、一つ一つ煉瓦を積み重ねていくような 「論理」 の産物ではない。煉瓦が空中に浮いていてもおかしくはない世界である。
春山あまりに近く 職人怒りたり
庄内の知では、確かに春の山がものすごく近くに見えるような気がする。冬の間、吹雪の彼方にあった山が、急にすぐそこにあるのがわかる。
厳しい冬が終わり、ようやく楽々と深い呼吸ができる春になると、人はのんびりすると思いきや、職人は怒ったというのである。職人というのは、唯一郎の家業である印刷工場の職人だろうか。その職人が怒った。
春になると、心が高ぶる。冬の間は抑えていたものが急に外に現われる。その感覚が、「春山あまりに近く」というレトリックで、十分に現わされている。
桑の葉一枚摘み桑の葉かたかりけり
唯一郎の句の、一つの典型的なスタイルである。淡々と即物的な事実のみを語り、その即物的事実が、かえって新鮮な感慨を呼び起こす。
桑の葉を一枚摘むと、その思いがけない固さが指先に伝わった。ただそれだけのことだが、それだけにピンポイントの感動である。
女勞働人淋しき桃花折り
印刷所の女の労働者が、仕事が終わって帰りがけに、ピンクの花のついた小枝をぽきりと折って持ち帰る姿が思い浮かぶ。
ピンクの桃の花だが、桜や梅の花ほどにびっしりと枝につくわけではない。「淋しき桃花」 である。それを折る女も淋しい。
厳しい冬が終わって春が来ても、唯一郎の心は浮き立つわけではない。こうした句を作る唯一郎もまた、淋しい。
本日はこれぎり。
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コメント
みんないい句ですが、こんなに深読みしなければいけない俳句も珍しい
私などtak-shonai さんのナビがあってはじめて鑑賞出来るという感じです
余韻とドラマ性がすごいですね
投稿: alex99 | 2009年3月17日 23:28
alex さん:
>みんないい句ですが、こんなに深読みしなければいけない俳句も珍しい
まったく、禅問答か謎々みたいなところがあります。
あるいは、後は勝手にストーリー付けしてくればかりに放り出されてしまったような感じ。
投稿: tak | 2009年3月18日 01:11