とく、ほどく、ほぐす
似たような意味合いで、「とく」「ほどく」「ほぐす」という 3つの動詞がある。漢字表記では同じ「解」の字が使われ、「解く」「解く」「解す」になる。前の 2つは区別がつかない。
今は「とく」と読ませる「解く」のみが一般的で、他は平仮名で「ほどく」「ほぐす」と書くのが主流のようだ。
どうして急にこんな些細なことを持ち出したのかというと、昨日付の 「唯一郎句集」 レビュー #11 で、「蚕棚の風呂敷はほぐされざる毎日」 という句(自由律なので、五七五の定型ではない)をレビューしたからだ。
「蚕棚に置かれた風呂敷がずっとほぐされない」という句である。現代の読者の多くは、風呂敷という主語に「ほぐす」という動詞を用いる言い回しに、少し違和感を覚えてしまうかもしれない。ややもすると、風呂敷の生地をずたずたに細かく引き裂いてしまうことと受け取られても不思議がない。
しかし、酒田では風呂敷の結び目をほどくことを「ほぐす」というのである。唯一郎は私の母の実父で、酒田で生まれて酒田で死んだ人だから、ごく自然に「ほぐされざる」と表現したのだろう。これはあながち方言というほどではないが、日本語の標準的用法からは少しだけずれているような気が、酒田出身の私でもしてしまう。
ちなみに Goo 辞書(三省堂『大辞林』がベース)では、次のように解説してある。(参照)
ほぐす 【▽解す】 (動サ五[四])
(1) もつれて固まった状態を、といてもとへもどす。結ばれたり織られたりしているものをさばいて分ける。
「魚の身を―・す」
「織り糸を―・す」補足説明 「ほぐれる」に対する他動詞
(2) 緊張・疲労・怒りなどを、おだやかな状態へもどす。
「気分を―・す」
「旅のつかれを―・す」
「肩のこりを―・す」可能動詞 ほぐせる
私にとって 「ほぐす」 という動詞が一番ぴったりくるのは、上記の用例にもあるように、「魚の身をほぐす」 という言い方だ。独身時代、さばの水煮の缶詰を開けて皿にがばっと移し、それからおもむろに箸でほぐしにかかったものである。
ほぐさないと、あっという間に口の中に収まってしまうが、ほぐすことによって、おかずとしての存在感が増す。私はこれを称して「増やす」とも言っていた。量は増えないが、食べ心地が増すのである。
さて、風呂敷を「ほぐす」という言い方に戻る。上記の用例に「結ばれたり織られたりしているものをさばいて分ける」とあるのだから、風呂敷の結び目をほどくことを「ほぐす」と言っても、標準語としても問題はない。
だが、「ほぐす」は、やっぱり魚の身をガシガシほぐしたり、肩凝りをほぐしたりという言い方が一般的だろう。私は風呂敷という主語に「ほぐす」という動詞を使われると、なんとなく特別な感じがする。郷愁を覚えてしまう。
同じく酒田出身の吉野弘という詩人が、「ほぐす」という詩を書いているということは、昨日付の記事でも少し触れた。自分のブログで著作権侵害をするのは憚られるので、他人のふんどしを使ってしまう。こちら に飛べば、詩の全文が読める。
詩の冒頭を引用する。
小包みの紐の結び目をほぐしながら
思ってみる
―― 結ぶときより、ほぐすとき
すこしの辛抱が要るようだと
そして、人と人との愛欲のきづなを「ほぐす」ときにも、「多くのつらい時を費やす」と、酒田生まれの詩人は言う。
この詩においては、キーワードとなる動詞はやはり、「ほどく」 ではなく 「ほぐす」 でなければならない。単に「ほどく」だけではなく、その後のケアまで含めた意味合いの言葉でなければ、十分なメタファーが成立しないからだ。
それにしても、庄内弁というのは本当に、硬さを 「ほぐす」 言葉だなあ。
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コメント
『帯をとく』という言葉に、”ムフッ”としてしまう、田舎者です。
そういえば、祖母に言われたことがあります。
「(靴)ひもがほつけとるで。」
多分名古屋弁だと思います。
祖母は、会津の出身です。
投稿: 乙痴庵 | 2009年3月 9日 21:43
乙痴庵 さん:
>『帯をとく』という言葉に、”ムフッ”としてしまう、田舎者です。
確かに、帯は 「とく」 でないと台無しですね ^^;)
>そういえば、祖母に言われたことがあります。
>「(靴)ひもがほつけとるで。」
>
>多分名古屋弁だと思います。
>
>祖母は、会津の出身です。
素晴らしいマルチリンガルですね (^o^)
似た語感で、「ほうけとる」 とは、名古屋では言いませんかね。
名古屋は 「たわけ」 文化圏ですからね。
投稿: tak | 2009年3月10日 17:04