『唯一郎句集』 レビュー #16
『唯一郎句集』 のレビューも「木鐸」 時代の 7首を終えて、"「前後誌」時代" と記された句のレビューに入る。
とりあえず問題は、この「前後誌」というのがどんな雑誌だったのかということなのだが、これがわけがわからない。いくらググっても、それらしきものは見つからない。
困り果てて、この句集に寄せられた俳句同人、伊藤後槻氏の「唯一郎を憶ふ」という追悼文を丹念に読み返していたら、この「前後誌」に関する記述が出てきた。こんな風に書いてある。
いつか大雪の正月だったと思ふ。京都から松井千代吉、風間栄二郎の両君が来て天正寺の猩々庵(私の祖父花笠の庵室)に一週間泊った。県内の俳人が寄逢っての興奮は特別大書すべきものであった。その頃この連中に京の先輩西川雁風呂も加って句録「前後」六輯まで出した。
この追悼文にはしょっぱなから「此稿に年代を附さないのは側近に材料なく且つ記憶朦朧の為却て誤謬を招く故である諒を乞ふ」とある。ああ、おかげで、後世に読む者にはなかなか大変なことになってしまったわけである。
とはいえ、何も材料がないよりは思い出話のようなものでもある方がまだ役に立つ。伊藤後槻氏には感謝するほかない。「前後誌」というのが、いわゆる雑誌ではなく、句会で作成された句録なのだとわかっただけでありがたい。この句会は唯一郎が「朝日俳壇」で認められて頭角を現わして間もなく開かれたもののようだ。
なお、この伊藤後槻氏の義兄が竹内丑松(号は 「淇洲」)という人で、唯一郎の家系の者だった(唯一郎の伯父に当たるのかなあ。よくわからん)。だから、唯一郎と後槻氏は、縁族ということになるようなのだ。氏の記述によると、前回と前々回にレビューした「木鐸」誌は、氏の長兄と淇洲が佐藤古夢氏を編集長として発刊していた月刊誌だという。
で、この竹内淇洲というのがまた大変な人で、寡黙な唯一郎とは正反対の傑人だったようなのだが、詳しくは庄内日報の こちら のページを読んでいただきたい。ここでは淇洲について論じている暇はない。ようやくレビューに入ろう。
遠足の児等の一人が泣き出す春の山々の光しづもり
いくら自由律とはいえ、短歌という方がぴったりくるぐらいの長い句である。「泣き出す」を「泣きいだす」と読めば、下の句の出だしがちょっと字余りになるぐらいのもので、こりゃ、普通に見たら短歌だ。
それでも、「泣き出す」は「泣きだす」で、最初の「遠足の」で切らずに続けて読み下すべきなのだろう。それで、自由律の俳句になる。
最後が「しずもり」という連用形なので、春の山々の光が「しづもり」てあるが故に、遠足の子どもの中に泣き出すものがいるという、倒置法表現とも受け取れる。おもしろい。
養豚の女宗徒しづしづと祈りても胸が重たくなる朝の山焼
これはもう、三十一文字より長い。超自由な自由律である。
同じ山形県でも、牧牛の盛んな内陸とは違って、酒田は昔から養豚の盛んな土地柄である。だから芋煮会に使う肉も、内陸では牛肉だが庄内では豚肉だ。
「女宗徒」とは、浄土真宗の宗徒なのだろうと思う。唯一郎の家の宗旨は真宗で、唯一郎自身も時に阿弥陀経を読誦したという。
朝の山焼きにあたり、養豚の女宗徒が「しづじづ」と祈ったのだろう。確かに胸が重たくなるというのがわかる。祈っても、なりわいとして殺生は行なうのである。
敗れし身の春に親しまず谿川を埋めて櫻よ散れ
さあて、これが困った。「敗れし身」 とは一体何なんだ。
いずれにしても、桜の花が早々と散り始めて、その花吹雪の谷川を埋めて流れる光景が、絵のように浮かぶ。その絵のような光景に、「敗者」のイメージを重ねると、わからないながらも、なぜか「なるほど」という気がする。
唯一郎は勝者よりも敗者の方によりシンパシーを感じる人だったようだ。
というわけで、本日はこれぎり。
【平成22年 4月 26日 追記】
その後いろいろ調べていたら、古本屋のサイトで "「前後」 3?6号" というのが見つかった(参照)。「竹内唯一郎 編」 とあるから、間違いないだろう。唯一郎が中心となって、ずっと編集していたのだろう。「3?6号」 とあるように、かなり古くなって判読も難しいような状態で保存されているようだ。
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コメント
最後の句ですが、受験生のことを詠んでいるのではないでしょうか?「敗れし身」・「桜散れ」とは「浪人生」ということで。
春、桜が咲いてみんな浮かれているのに、浪人生は一人何者からも拒絶されているような気持ちがするんですよね。
花をみて浮かれている人を横目に、散った桜で川を埋めてしまえという、唯一郎さんの浪人生への応援の句なのかなぁと自分勝手に想像してしまいました。
投稿: 雪山男 | 2009年3月30日 14:03
雪山男 さん:
>最後の句ですが、受験生のことを詠んでいるのではないでしょうか?「敗れし身」・「桜散れ」とは「浪人生」ということで。
その解釈でも不思議ではないですが、うぅむ、どうかなあ。
なにしろ、大正末期のことで、今のような受験戦争の時代じゃなかったと思うのです。
当時、酒田には旧制中学はまだなくて、唯一郎も商業学校を出ているはずです。
うぅむ……。
投稿: tak | 2009年3月30日 15:02
ご指摘もっともです。
やっぱり深く挫折を味わった人という他解らないのですね。
それも他人かもしれないし、ひょっとするとご本人が深く挫折感を味わったのかもしれない。それによっても解釈が変わってしまいますね。
うーん難しいですね。
投稿: 雪山男 | 2009年3月30日 17:35
雪山男 さん:
>それも他人かもしれないし、ひょっとするとご本人が深く挫折感を味わったのかもしれない。それによっても解釈が変わってしまいますね。
>うーん難しいですね。
今回の一連の句の流れの中から理解、というか、想像するしかないです。
なんとなく浮かんできます。
投稿: tak | 2009年3月31日 09:05