『唯一郎句集」 レビュー #21
「前後誌」時代と区分けされた句のレビューを終わり、今日から「酒田俳壇」時代という部分に入る。
「酒田俳壇」という名の同人誌があったようには思われない。酒田地方紙か何かの文芸欄に載った作品なのではないかと思われる。かなりの数の作品が残されている。
いつ頃の句かといえば、初めの方で父の生前の姿が句にされているのがあるから、まだ二十歳前後の頃なのだろう。唯一郎が父を亡くしたのは、二十歳の時だったというから、それは間違いない。
まだ十代の俳人の句と思うと、我が祖父ながら、これが天才でなくて何なのかと思う。この血を継ぎながら、私の「和歌ログ」の方はこの程度なのかと、ちょっと悲しくなってしまうようなところがある。
それは忘れて、とりあえずレビューに入ろう。
お彼岸の寺を出でまかなしくたより了せたる心
難解。難読。とりあえず「寺を出でまかなしく」は、「出でま/かなしく」(出でまかり、かなしく)だろうか。
「了せたる」は、「おわらせたる」なのか「しまわせたる」なのか迷うところだが、唯一郎は多分「りょうせたる」と読んだのかなあと思う。
「お彼岸」は春の彼岸。秋の彼岸は、「秋彼岸」 という。なぜかは知らないが、俳句の世界では昔からそうなっている。
酒田の春彼岸は、平地では雪が解ける頃。今でこそ正月でも雪がなかったりするが、昔は雪が春まで残った。ようやく雪が解けた頃の墓参り。寺を出てくると、便りを終えたようなもの悲しい心持ちがするという。
唯一郎は「死」というものを強く意識していたようだ。弟を早くに亡くしていることや、父親も体が弱かったこともあるだろう。
接木をしながらしみじみ淋しさに揺られて居る父
父を歌っている。庭の木の接木をしながら、淋しさに揺られているという。接木をしているのなら、本来は新しい生命を育みながら楽しそうにしていてもいいようなものだが、「淋しさに揺られている」 という。しかも 「しみじみ」 と。
揺れているのは木の葉なのだろうが、それよりも父の方が揺られているとみる息子。以前は声の大きな闊達な男だったというが、めっきりと弱った父を見る哀しさ。
潮騒うちひびく三月の枝を仰ぐことをするか
冬の間、酒田の町には「海鳴り」が聞こえる。浜に打ち寄せる大波の音が、まるで大太鼓を轟かせるように聞こえる。三月になっても、それが「潮騒」となって続いている。
三月ともなれば、鉛色の厚い雪雲ばかりだった庄内にも、青空がのぞくようになる。見上げれば新緑の前の裸の枝越しに、その青空が見える。
ようやく冬を越した喜びの青空の奥に、なにやら悲しい予感がする。
白雪の山裾の野からすらこもり居てかなしく鳴かず
なにやら象徴的な心情の句。からすの鳴き声は悲しく聞こえるが、野からすたちはどこかに籠っていて、その悲しい鳴き声さえもない。
遠くに見える山裾は、まだ雪が残っている。
涙する母よかくの如く人間のあたまに雪降りやまず
昔の女は、悲しいときにはただ静かに泣くばかりだった。泣くほかに術はなかった。
春の雪が降り止まない。冬の間のさらさらとした雪ではない。ぽたぽたと湿った雪が、いつまでも降り止まず、人の頭を濡らす。春なのに。
結氷の底の豆腐の容をしみじみと見つめて居る母なりけり
衰えた父の様子よりも、むしろそれを悲しむ母の姿が気に掛かる。
表面に薄い氷の張った容器の底の豆腐の様子をしみじみと見つめて動かない母。その後ろ姿が悲しい。
「豆腐の容」 は、「とうふのすがた」 と読ませるのか 「とうふのかたち」 と読ませるのか、あるいは 「とうふのよう」 とそのまま読ませるのか。「かたち」 と 「よう」 のどちらかだと思うが、どちらとも言えない。
本日はこれぎり。
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コメント
僭越ながら。
雪がお母様の悲しみを増幅させている句と、豆腐を見つめるお母様の内から、悲しみがあふれてくる句。
このコントラストの差に驚きです。
豆腐には、どんな思い出があったのでしょう。
想像が膨らみます。
投稿: 乙痴庵 | 2009年4月21日 12:40
乙痴庵 さん:
>雪がお母様の悲しみを増幅させている句と、豆腐を見つめるお母様の内から、悲しみがあふれてくる句。
この二つの句から、唯一郎の母 (私には曾祖母) のパーソナリティがうかがわれます。
本当に昔風の耐えるばかりの人だったのでしょうね。
地吹雪の庄内では、耐えるのが当然という人が多いのですが。
投稿: tak | 2009年4月21日 16:25