『唯一郎句集』 レビュー #22
このところ週末の恒例のようになってしまった 『唯一郎句集』 のレビューである。今回で 22回目だが、これでも全体の 4分の 1ぐらいなので、まだまだ続くことになる。
今回は、いや、今回もというべきか、哀しみに満ちた句である。多分、唯一郎が 20歳を迎える冬から早春にかけての 5句だ。
この句集は年譜的な色合いがほとんどなく、それぞれの句がいつの歳の作品なのかは、ほとんどはっきりしない。今回レビューする作品がなぜ 20歳を迎える歳の作ととわかるのかといえば、父親の死が歌われているからである。唯一郎が父の死を迎えたのは、20歳のときだった。
レビューを始めよう。まずは「寒靄」の連作 4句。
寒靄の中に立ち美しく何本もマツチをともし慰む
「寒靄」は「かんあい」と読む。文字通 「寒中のもや」のことで、俳句では冬の季語だ。唯一郎は自由律の俳人なのだが、ことさら伝統的な季語を使うことがある。多分、意識してのことなのだろう。
酒田で寒靄が出るのは、寒中とはいえ春が近付きつつある頃のことだ。本当に真冬だと、季節風が吹き付けるので靄どころではない。その寒靄が立ちこめる夜、マッチを擦ればほの赤い火が周囲の靄をもわずかに染める。
その美しいほの明かりに慰みを求め、何度もマッチを擦る。とてもセンチメンタルな映像が浮かぶ句だ。20歳の若者の感慨である。
逃れ来し寒靄に濡れし我が手套
「手套」は「しゅとう」と読んで手袋のこと。「逃れ来し寒靄」と言っているが、逃れてきたのはもしかしたら自分自身のことかもしれない。
もやのために濡れるのは手袋に限らないはずだが、ことさらに手袋の濡れているのが意識される。冬の夜の、濡れて冷たい指先。何から逃れてきたのかもおぼろなほどの、冷たいもや。
君のかなしさを知つて煙草を吸ふ寒靄を吸ふ
「君」とは、恋人のことだろう。それしか考えられない。後に妻となる人だろうか。
恋人のかなしさを知っても、何もできず、ただ寒靄の中で煙草を吸うだけの唯一郎。まったくもう、ハンフリー・ボガードみたいじゃないか。着ているのは多分、トレンチコートではなく、羅紗の外套だろうが。
煙草を吸うのか、寒靄を吸うのかも、おぼろの夜である。悲しみもおぼろだ。おぼろなのに冷たい。まだ春にならない酒田の、硬質のおぼろ。
僕の吸ふたばこありがたくも寒靄に交り行く夜でした
前の句と対句をなすような作。
寒靄に溶け込む煙草の煙。自分の吐いた煙、悲しみの吐露である煙の痕跡が、たちまち消えて行く。哀しみそのものが消えるわけではないが、そこには確かに、「ありがたくも」と言いたくなるほどの不思議な感慨がある。
「夜でした」と軽い調子の口語的な結び方で、悲しみを忘れようとしているかのようにも見える。実際には忘れられないのだが、ことさらにそう結んでいる。
さて、父親の死を詠んだ句である。
弔
春ぬかるみの星をのせけぶりつつ凍てんとす
父親が死んだとは、どこにも説明されていない。ただ 「弔」 と題されているので、おそらくそうなのだろうと知られるのみである。
春のぬかるみに、星が映っている。そのぬかるみの表面が急速に凍てついていくほどに、映った星はけぶるように消えて行く。
なにしろ、星を映して凍てついていくのが、池でも湖でもない。「ぬかるみ」 というのだ。父と子の間の言い難い葛藤も見え隠れする。
鳥肌の立つほどに鮮烈なメタファーの勝利。勝利してもさらに悲しすぎるメタファー。
これまでの中での最高傑作かもしれない。
本日はこれぎり。
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